同じだから-2-




あの日、荒北先輩はあれ以上何も聞かなかった。
私も上手く話す自信がなかったからとても助かったけど、このままではダメだとも思った。

”いつか話さなくては”

それは荒北先輩に対する誠意でもあり、私が解放されたいからでもあった。
だからこそ迷っていた。
ただの先輩にするには、重すぎる話題であることは重々承知している。
こんな話をされて困らない人などいないだろう。
それでも聞いてほしい気持ちが湧いてくる。私はずるい。
荒北先輩も私が話すのを待ってるんじゃないかなんて、淡い期待をしたりする。
だって荒北先輩はあれからも変わらず毎日メッセージをくれるから。
なんてことない、いつもくだらない内容ばかりだけど。
私はそのメッセージに少しずつ返事が出来るようになってきた。
下らない話を一緒にできるようになってきた。
だからこそ、私は荒北先輩を信じたくなったんだ。
きっと話を聞いてくれるって。




あれから数週間が過ぎた。
そして今日も変わらず、届くメッセージ。
時刻は23時を指していて、もう私は布団の中だった。
それでも前と違うのは、そのメッセージを開いて返信すること。

”何してた?”

いつもと変わらないその問に、布団の中にいることを告げる。
すぐに既読がついたそれに、1分と経たずに返信がくる。

”ん。じゃぁオヤスミ”

それに私も”おやすみなさい”と返すと、既読だけがついた。
短い、本当に素っ気ないメッセージだけど私はそれに救われていた。
誰かと毎日”おやすみ”と交わすことなんて、いつ以来かな。
何だか子供のころに戻ったような気分になる。
スマホを閉じて、そっと目を閉じると私はすぐに眠りに落ちた。





朝起きると、荒北先輩からメッセージが来ていた。
いつもは挨拶だけなのに、今日は少し違う。

”はよ。
今日雨だってよ”

その言葉にカーテンをあけると、シトシトと弱い雨が降り注いでいた。
ただ空は真っ暗で、止みそうには見えない。
少しどんよりした気分になりつつも、メッセージの返事をする。

”おはようございます。一日降りそうですね。”

それだけ打ってスマホを閉じた。
どの道、朝練をしている荒北先輩からの返事はすぐに来ない。
雨かぁ…体育は体育館になりそうだな。
じゃぁタイツじゃなくてソックスのほうがいいな。
まだぼんやりした頭の中でそんなことを考えながら、私は身支度をした。





雨の日は下駄箱が混雑する。
だからいつもより早く私は女子寮を出た。
するとすぐそばに、見覚えがありすぎる背中が見えた。
なんでこんなところに…そう思いながらも声をかける。

「おはよう、ございます。」
「オウ、はよ。」

振り返ってニッと笑った荒北先輩は、そのまま歩き出した。
後を追うように私も歩き出す。
女子寮から下駄箱までの道のりを、荒北先輩と歩くのは初めてだ。

「今日は雨だからァ…部活ねェんだけど。」
「…?そうなんですね?」

以前は室内での部活もある、と言っていた気がするけれど。
天気に左右されるなんて、運動部はコロコロ予定が変わって大変だなぁ。
そんなことをぼんやり考えていたら、荒北先輩が立ち止まった。

「小鳥遊は何か予定あんの。」
「いや特には…雨だし。」

いつだって放課後に予定なんてない。
あっても委員会とか、図書室で勉強するくらいだ。
まぁそれが良くて帰宅部なんだけど。
そのくらい知ってそうなものなのに。
そう思って見上げると荒北先輩はニッと笑っていた。
朝から何やらご機嫌らしい。

「じゃぁ放課後どっか行こうぜ。」
「いや…濡れたくないんで遠慮します。」
「なンだよ、そんな濡れねェだろ。」
「ローファー濡れるの嫌いなんですよ。」
「ったくワガママな…。
 …ローファーが濡れなきゃイイんだな?」

ニヤリ、と口角を上げた荒北先輩は悪い顔で笑ってる。
あまり見たことのない表情に、私は嫌な予感がする。

「じゃ、放課後迎えに行くからァ。」

決定事項だ、とでも言うように歩き出す荒北先輩。
その後ろを、私はただついていくことしかできなかった。





玄関で荒北先輩と別れ教室に入ると、まだそこは静かな空間だった。
早く来すぎたな。
そう思いながら鞄を片付けていると一人、また一人とクラスメイトが入ってくる。

「あれ、小鳥遊さん早いね。おはよう。」
「おはよう。雨だからちょっと早く出たら、早く来すぎちゃった。」
「あはは、わかるー。雨だと下駄箱混むもんね。」

何気ないこの会話が、以前より楽しく感じるようになったのはあの日からだ。
ただ相手の機嫌を損ねないように相槌を打つだけだったのに。
相手を知りたい、話したいと思えるようになった。
これはきっと、荒北先輩のおかげだな。
他愛ない話をしていると、あまり話したことのない男子と目が合った。
確か、山内くんだっけ。
彼はにこりと笑うと、こっちへ近づいてきた。

「おはよう、小鳥遊さん。」
「うん、おはよう。」

普段挨拶を交わすことはなかったのに。
彼がその場を離れようとしないことを不思議に思っていると、

「小鳥遊さんて、最近よく笑うようになったよね。
 それでもし良かったら――」

”連絡先、教えてくれない?”そう言いながら彼はスマホを取り出した。
特に気にも留めずスマホを取り出すと、教室の入り口から大きな声が聞こえてきた。

「雛美、ちょっと来い。」

ぶっきら棒に名前を呼ばれて驚いた。
荒北先輩にそう呼ばれたのは初めてだ。

「ちょっとごめんね。」

そう断って荒北先輩の元へ向かうと、私の手を引いてそのまま歩き出した。
その手に込められた力がいつもより少し強くて、ちょっと痛い。
朝は機嫌が良かったはずなのに…。
今はなんだか怒っているようだ。
少し歩いたところで立ち止まると、荒北先輩は私の手を放してくるりと向き直った。

「お前さァ…。」

ハァ、と大きなため息をついて、荒北先輩は頭をガシガシと掻いた。
怒っているような、呆れたようなその姿に理解が追い付かない。

「連絡先、あんま男に教えんじゃねェよ。」
「男って…普通にクラスメイトですし。」

”むしろ無理やり交換したのは荒北先輩の方では”
そう思いつつも口にすることは出来ず、私は言葉に詰まる。
何をそんなに心配しているんだろうか。

「だからァ、今まで教えてなくて何にも問題なかったんだろ?
 別に急を要するわけでもねェだろうし。」
「まぁ、そうですね。」
「ホントにわかってるゥ?」
「…何をですか?」
「…ぜってーわかってねェじゃん。」

荒北先輩はまた大きなため息を一つついて、私をじっと見据える。
怒られるのかな、そう思っていると頭をぽんぽんと撫でられた。

「おこちゃまダネ。」
「え、どういう意味ですか。」
「そのまんまだヨ。まぁとにかく、用もねェのに教えんのはやめとけ。」
「…?」
「返事はァ?」
「ハイ…?」

”よく出来ましたァ”そう言いながら、荒北先輩はまた私の頭に触れる。
あぁ、私はこの手が温かくて好きだったなとあの日のことを思い出す。
そういえば。

「荒北先輩、何か用があってきたんじゃないんですか?」
「別にィ。早すぎて誰もいねェし暇だったからァ。」

そう言って時間を確認した荒北先輩は、”ゲッ”と小さく漏らす。
私も釣られて時計に目を移すと、HRギリギリの時間だ。

「やっべ…じゃァまたあとでな!」

そう言って走り出す荒北先輩を見送りつつ、私も教室へ戻った。




休み時間になると、朝の珍事を目撃していたクラスメイトが何事かと聞きに来た。
上級生がクラスにくるなんて、本当にろくなことにならない。

「ねぇ、朝小鳥遊さん呼びにきたのって2年の先輩でしょ?」
「どういう知り合い?彼氏?」

とんでもない勘違いに苦笑した。
荒北先輩って有名なのかなぁ。
そう思いながらも、その質問を否定する。

「いやいや、そんなんじゃないよ。」
「えーどういうこと?」
「名前で呼ばれてなかった?」

そういえばそうだったな。
知人というにはフランクすぎる関係、でも友達と言うには何か少し違う気がする。
慰められたり、なんかちょっと叱られたり…強いて言うなら。

「保護者、かなぁ。」
「ますます分かんないんだけど!」

あ、得意の嘘でもついておけば良かった。
何やらワーワーと盛り上がってしまったクラスメイトたちに、私の制止など届いていないのだろう。
間違ったこと言ってないしまぁいいか。

”そういえば最近、あまり嘘ついたりしなくなったな。”

そう思いながら、私はそのまま話をはぐらかした。





お昼休みに入ると、教室の入り口が何やら騒がしい。
購買にいく子で混雑してるんだろうか。
財布を持って立ち上がると、その中心から呼ばれて驚いた。

「小鳥遊さーん!保護者さんきてるよ!」

その言葉に一瞬ビクっと体が震えた。
まさか。そんなことあるはずない。
恐る恐る入り口に目を移すと、そこにいた人物にホッと胸をなでおろした。

「荒北先輩。」
「よォ。で、保護者ってナニ?」

母でないことに安心はしたものの、朝の二の舞だとため息が出そうになる。
でも今はとにかく、この好奇の喧噪から離れたい。

「歩きながら話します。」

私はそれだけ伝えると、荒北先輩の手を引いて歩き出した。





食堂に向かう途中、朝の出来事から一連の流れを話すと荒北先輩はまた呆れていた。

「バッカじゃねェの。」
「いやまぁ…他にいいたとえが浮かばなくて。」
「だとしても保護者はねェだろ…。」

そう言った荒北先輩は、なんだか肩を落としているように見える。
なんだかぶつぶつ言っているみたいだけどよく聞き取れない。
そうこうしているうちに食堂に着くと、荒北先輩は私をさっさと席に座らせた。
周りには、以前もご一緒させて頂いた先輩方がすでに座っている。

「メシ、買ってくるから座っとけ。」
「え、あっじゃぁ財布」
「んなダセェことできっかよ。いいから座っとけ。」

そう言って荒北先輩はさっさと行ってしまう。
待って、行かないで。
こんなところに一人で残さないで。
居心地の悪さから俯く私に、隣の先輩が声をかけてくれた。

「おめさん小鳥遊さんだろ?靖友から話は聞いてるぜ。
 前も会ったよな?俺は新開隼人。よろしくな。」

そう言ってにこやかに手を差し出した新開先輩は、ウインクして見せた。
この人、知ってる。
”イケメンだ”って時々クラスメイトが騒いでいるのを見たことがある。

「あ、小鳥遊雛美です。よろしくお願いします。」
「雛美ちゃんだな、可愛い名前じゃないか。
 あぁ、あとこっちが寿一でこっちが尽八。みんな2年で同じ部活なんだ。」

そう紹介された面々はどちらも有名な人だった。
前回はそれどころじゃなくて全然気が付かなかったけど、私こんな人たちとご飯食べてたんだ…。
ていうか、荒北先輩って一体…?
先輩方に軽く会釈すると、新開先輩はにこにこと話をつづけた。

「それで、雛美ちゃんは靖友とはどうなんだ?」
「どう、とは…?」

教室でされたような質問に戸惑う。
”保護者はない”と言われたばかりだ。
何と答えたものか。

「仲、いいんだろ?」
「まぁ…そうですね。よくして頂いてます。」
「聞いてもなかなか雛美ちゃんのこと教えてくれねぇんだよ。
 実際のとこ、どうなんだ?」

にこやかに質問されてはいるものの、なんというか断れない威圧感を感じる。
これが上級生だからなのか、イケメンだからなのかはわからない。
愛想笑いを浮かべると、後ろからコツンと小突かれた。

「ナァニしてんだよ。」
「いや、私は何も」
「新開、テメェかァ?」

荒北先輩は新開先輩をじろりと睨むと、間を遮るように座った。
私の前にトレーを置くと、新開先輩を睨みつける。
しかし”ありがとうございます”と言った声が届いたのか、ちらりと私の方を見て小さく頷いた。
さっきの表情とのギャップに笑いそうになりながら、私はぐっと堪えた。
今笑っちゃダメな気がする。絶対。

「いやー、あの靖友が女の子に声をかけるなんて意外でさ。
 どんな子なのかなって思って。」
「くだらねェ。」
「下らなくはないだろう!俺も隼人もお前が話さんから気になるのだ!」

さっきまで黙っていた東堂先輩まで口をはさんできて、話が大きくなってきてしまった。
困惑する私に、福富先輩が声をかける。

「あいつらは放っておいて問題ない。食事が冷める前に食べると良い。」
「あ、はい!ありがとうございます、頂きます。」

無表情だけど冷たくはないその声に、ちょっと救われた。
居心地の悪さは変わらないが、食べてしまわないと席を立つこともできない。
新開先輩たちと目を合わせないように俯いて食事を口に運ぶ。
以前よりは味がわかるなぁ。
そういえば早く寮を出るために朝ご飯は少なめにしたんだった。
ぼんやりとそんなことを考えていると、急に名前を呼ばれて驚いた。

「で、雛美ちゃんは靖友のことどう思ってるんだ?」
「てめ、名前で呼んでんじゃねェ!」
「せっかく可愛い名前があるのに、呼ばないのは勿体ないだろ?」
「そういう問題じゃねェんだよ!」

あぁ、騒がしい…。
福富先輩は慣れっこなんだろうか。
黙々と食事を摂る姿は、まるで何も聞こえていないかのようだ。

「どう、と言われましても…」
「雛美も真面目に答えてんじゃねェよ。」
「靖友だって名前で呼んでるじゃないか。」
「俺はイイんだよ。」

ハッと勝ち誇ったように笑う荒北先輩が、私を見て相槌を求める。
許可した覚えはないのだけど。
家族以外ほとんど呼ばないその名前は、あまり好きではない。
ヒステリックに叫ぶ母を思い出してしまうから。
それでも荒北先輩に呼ばれて嫌な感じがしないのは、やはり保護者のように感じているからだろうか。

「まぁ、荒北先輩なら別に…。」
「ザマーミロ。」
「なっ、俺は??」

子犬がクーンとでも鳴いたように項垂れる新開先輩が少し可哀そうに思えてきてしまう。
そんな私との間を遮るように、荒北先輩は新開先輩の頭を小突いた。

「テメェは知り合ったばっかだろうが。」
「時間の問題ってことか?」
「そういう問題じゃねェ!」

いつまでも言い争う二人に呆れたのか、東堂先輩は食事を終えてどこかに行ってしまった。
福富先輩も殆ど食べ終わると、少し低い声で二人にこう告げた。

「お前たち、いい加減ちゃんと食事をしろ。」

それだけ言うと立ち去った福富先輩を後目に、二人はピタッと動きを止めたままだ。
暫くして福富先輩が見えなくなると、小さな声が漏れる。

「てめェのせいだからな。」
「いや、靖友のせいだろ。」

怒られたのに、まだ言い争うのか。
そんな二人が小さな子供のようで、つい笑ってしまった。
クスクスと笑う声に釣られるように二人の視線が集まり、ハッとして口を塞ぐ。
怒られる、そう思ったのに荒北先輩はニッと笑って私の頭に手を置いた。

「メシ、食っちまうか。」

優し気なその声に、私は笑って頷いた。




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