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正直に言ってしまえばこの時間を、今日を終わらせたくないのは私も同じ気持ちだった。帰り道を一緒に歩くこの時間が、昨日のデートまがいな1日も今日の1日も、蔵ノ介と一緒にいた時間を楽しい思い出として反芻してしまう。そんな蔵ノ介と過ごす時間がもうすぐ終わってしまうことが切なくて、寂しいだなんて私はどうかしてるのだろうか。けして帰りたくないだなんて口が裂けても言えなかったのは、そんな自分が正しいとは到底思えない上に、やはり心のどこかに謙也という存在がいたからだった。

「私は…」

答えに困ってしまって言葉が詰まる。何を考えているか、だなんて。蔵ノ介は私のことでいっぱいいっぱいだと言ったが私は違う。そんな純粋にまっすぐ彼のことだけ考えるなんて出来ない、だって今だって、罪の意識で押しつぶされてしまいそうなのだから。私は自分の保身でいっぱいいっぱいなのだ。

「…すまん、変なこと聞いてもうたな。ほないこ」

「蔵…」

「変な顔しとる、そんな変な顔しとると幸せ逃げるで」

俺がそんな顔させたんやけど、とから笑いを溢す蔵ノ介に口を噤んだ。蔵ノ介にかける言葉が見つからない。何か言わなきゃいけない、このまま終わらせてしまうのはなんだか嫌だ。
歩き出してしまった蔵ノ介の背にパクパクと口を開閉するが言葉は出てこない。取り繕う言葉も見つからず遠ざかっていく背中に無意識に手を伸ばしていたが、ふと動きを止めた。
そうだ、言葉が見つからなくて声をかけなくて、よかったのかもしれない。変に声をかけてどうするつもりだったのか。私と蔵ノ介の関係は今日でおしまい。明日からは何も無かったかのように今までの毎日を送っていくのだ。それは本来の在るべき形に収まるだけで何にも悲しいことはないはず、なのに。

「く、ら!」

「ん?」

「明日、イベントのチケットあるんだけど、謙也と行くはずだったやつ、が…」

謙也も知らない、こっそり用意したチケット。最近はデートに行くことも少なかったから、たまにはと日付指定で取っていたものだったのだが謙也は現在東京。自分で用意したチケットで1人で行くのも寂しいし捨てようか悩んでいたものだった。
蔵ノ介に声をかけるつもりもなかった。捨てるのだって、少し勿体無いとは思っていたけれど仕方ないことだと諦めていた。それを、私は、なんで。

「一緒にいかない?…ともだち、として」

ともだち。まるで免罪符か何かのようにそれを使うことに声は震えた。そんな私を前に、蔵ノ介はハッとしたように目を見開く。

「なんちゅう…顔しとんねん」

「くら、」

「ずるいなぁ」

立ち尽くす私の前にやってきた蔵ノ介は、夕焼けのせいかわからないけれど、顔を赤く染めてまるで覆い被さるかのように上から私を抱きしめた。包み込むような抱擁に心臓は破裂しそうなほど鼓動する。蔵ノ介の体温になぜだか涙が溢れそうになった。

「ほんまに凪はずるい。」

「ごめ、」

「謝んなや…阿呆」

その優しすぎる抱擁に口を結ぶ。
まだ引き返せる。まだ止まれる。まだ、大丈夫。そうやって心の中で自分に言い聞かせるようにして、蔵ノ介の体温に身を委ねるようにそっと目を閉じた。