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間章


その日の夜、お風呂上がりの火照った体を冷ますためにサンダルをひっかけてベランダへと出る。
四月のまだ冷たい空気はのぼせ気味だった体を心地よく冷やしていく。このままだと湯冷めしてしまうのもなんとなくわかってはいたがもう少し、このまま風に当たっていたかった。
まるで熱に浮かされたような心地だった。昨日今日と夢でも見ていたかのような二日間をぼんやりと思い出しながら空を見上げた。謙也以外の男の人と手を繋いでデートをする。それも相手は幼馴染でもある学園のアイドル。何か恋愛小説でも書けそうな展開である。内容はドロドロの三角関係で結末はきっと、そう。バッドエンド。登場人物は全員幸せにはなれない、不幸な物語。唯一救われるとしたらそれはきっと、1番の悪役である私が痛い目を見ること。もしくは、全てなかったことにして本当に夢の出来事にしてしまおうか。きっと、それが幸せな道である。
不意に携帯の通知音がバイブレーションと共に手の中で主張した。画面を確認すればそれは彼からの電話で、瞬間心臓はうるさく鼓動しじとりと嫌な汗が額に浮かんでくる。出るか出まいか、数秒躊躇うが止まらない携帯のバイブにはっとして画面をタッチした。

「もしもし」

『もしもしー?元気にしとるか凪!』

「謙也。こっちは元気だよ、謙也こそ」

声が震えてしまわないように。そう意識すればするほど緊張してしまい余計に調子が狂う。不自然ではなかっただろうか、彼は私の違いに気がついただろうか。どきどき、否ひやひやとする私をよそに、電話口の向こうから聞こえてきたいつも通りの元気そうな謙也の声。ほっと胸をなでおろした。

『たのしーで!明日はコート借りて軽く打ち合おーっちゅう話しとんねん!凪は明日何か予定あるん?』

無邪気な謙也のセリフにじとりと嫌な汗をかく。
いつもはそんなに話も広げないくせに、よほど東京が楽しいみたいだ。上機嫌に尋ねてくる謙也が、記念日をさっぱり忘れていた謙也が今だけはとても憎たらしかった。

「明日は、友達と遊びに行くんだ」

『へえ、友達』

それだけ、何も言わない謙也にドキドキと嫌に心臓が鳴る。もしかして何か気がついた?友達って誰って言われたらなんて答えよう。何か、疑ってる?
妙な沈黙に心臓は今にもはち切れそう。何か言葉を続けなければ!そう思って口を開いた。

「あのっ、けん…」

『最近あんま外に遊び行ってなかったしなあ、楽しんでき』

「あ…うん。謙也も、楽しんできてね」

ほな、これから風呂やねん。またなー
そう言ってさっさと電話を切ってしまった謙也に肩の力がふっと抜けて行く。耳に押し当てたままの携帯からは声はもう聞こえない。そっと携帯をポケットにしまいこんで夜空を見上げた。

「…ばか、けんや」

なんも疑わないで本当にばかみたい。
もし謙也が浮気してたら私は彼を引っ叩いて目を覚まさせてやるのに、きっと彼は何も言わない。何かを察したような顔をして、そしてさっさと身を引いてしまうのだ。本当はなにもわかってないくせに、本当に馬鹿みたい。
空には厚い雲が覆い、星はひとつ見えやしなかった。