同じ闇の中で【18】
その部屋は、夕焼けに赤く赤く照らされていた。機械から発せられる電撃の音。悲鳴をあげる白髪の子ども。それを嬉しそうに見ている、白髪の男。あああれは、あの男は会議で見た顔だ。澁澤龍彦。澁澤がそこに、居た。
(わたしは、何を、?)
なまえはひゅ、と息を飲んだ。今、扉の向こう、なまえと敦の目の前で行われているこれは、何だというのか。わたしは一体何を見せられている。椅子に縛り付けられ、よく解らない機械のケーブルを身体中に繋がれ、電気を流され、悲鳴をあげている。あの子は、まだ幼いけれど、彼は、紛れもなく、
「敦くん、…?」
なまえは、隣にいる、青年の敦を見る。敦は、彼はその部屋を、その行為をただただ、呆然と見つめていた。
────やがて、幼い敦から結晶が生まれた。なまえが今まで見てきた、王様の額にあったような赤い結晶とは違った、青く青い結晶があった。歓喜に震える澁澤の目の前で、子どもは虎の咆哮にも似た唸り声を上げる。自らを縛っていた拘束を破き、結晶を取り戻す。その姿は紛れもなく白い虎となり、振りかぶった前足は澁澤の顔面を、寸分の狂いもなく─────。
「…、っ!」
一瞬の間を置き、澁澤から鮮血が溢れた。力尽きたふたりは、ばたりと倒れた。虎の爪で切り裂かれた澁澤から止めどなく流れてゆく血は、まあるくその部屋を彩る。
それはまるで、赤く熟れた林檎のようで。
「…、てた、…とき、…僕は、…を……」
「敦くん?」
気づくと、敦がなにかをずっと呟いていた。耳をすませる。確かに敦は呟いていた。「あの時僕は、爪をたてた…」そう、それを、繰り返し呟いている。
あの時僕は、爪をたてた。
あの時僕は、爪をたてた。
あの時僕は、爪をたてた。
「敦くん、が…?」
あの男を、澁澤を、殺したと、言うのか。
「あの時、私は死んだ」
今度は、なまえにもはっきりと声が聞こえた。低く囁かれたこの声は、澁澤の声なのか。
「だって!爪をたてるだろう!!あの時僕は生きたかった!!!!いつだって少年は!生きるために虎の爪をたてるんだ!!!」
敦の魂の叫びが、夕陽に照らされた部屋に響き渡る。生きたかった。生きるために、敦は、澁澤を、殺した。
「、?」
なまえがはっ、と意識を覚醒させたとき、その景色はもう、見えなくなっていた。現実に意識が引き戻されたのだろう。辺りは地響きが聞こえ、霧が立ち込めている、ヨコハマ祖界のど真ん中だった。隣にいる敦はまだぼんやりと立ち尽くしている。きっとまだ、過去に囚われたままだ。
「…、わたしは、どうすれば…」
俯くなまえに、影がさした。見上げると彼女の異能力『夜の王』が、心配そうになまえを見下ろしていた。
「王様…、」
王様が頷く。
なまえも、頷く。
「敦くんを待とう。…きっと戻ってきてくれる」
なまえは、敦の手を力強く握った。
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