同じ闇の中で【17】
澁澤の求める異能は、太宰のそれではなかった。太宰の異能も、あの塊に吸い込まれていった。
膨らんだ異能の塊は、太宰の『人間失格』の異能と呼応し、うねり、特異点となる。輝きが一層、禍々しくなってゆく。
「龍こそが…、異能の持つ…混沌の、本当の姿なのです」
澁澤は、ドストエフスキーに首を裂かれていた。この感覚を、澁澤は、覚えていた。
思い出した。
思い出した。
失われていた記憶の隙間。思い出すために、異能を奪い続けていた。
皮膚を裂かれる感触。吹き出す血の、生暖かさ。
(私は…この感触を、知っている)
思い出した。
思い出した。
思い出した。
思い、出した。
揺れていた。
ただならぬ気配を感じる。
「、何が…!?」
敦も異変を感じ取った。なまえと敦は立ち上がり、辺りを見渡す。
「何が起こっているんだ…」
「…、う、わっ!?」
霧がうねり、敦となまえを包む。
(これは、夢で、見た…!?)
なまえが霧に視界を奪われ、そして瞬きをした刹那。音と視界が、ぷつりと途切れた。先ほどまで渦を巻いていた轟音は無く、目の前を埋め尽くしていた霧も無かった。
果たしてなまえは、夢の中と同じように真っ暗な空間に、立っていた。夢と違っていたのは、
「なまえさん、…これ、って、…」
「敦くん…」
隣に敦がいたこと、だった。
二人の目の前には、虎を象った重厚な扉があった。なまえが夢で見た、あの扉だった。
「この、扉、は…」
「あつし、くん…」
敦も見覚えがあるようだった。彼も夢で見たのだろうか。ふらふらと敦がおもむろに扉へ歩み寄り、ドアノブへ手を伸ばす。手が触れそうな瞬間、敦の肩がびくりと跳ねる。
「…、?」
なまえには何も感じなかった。敦には何かが聞こえたのだろうか。それとも何かが見えたのだろうか?なまえが見渡しても、扉以外は一面の闇。誰かの気配もなく、声ももちろん、自分と敦以外には他の誰かの声なんてものは聞こえていなかった。
なまえには、その空間に、他の誰も、他の何も感じられなかったけれど。
「敦くん…、?」
いつの間にか。怒りのような感情を瞳にたたえた敦がいた。聞こえている。見えている。敦はその何かと、会話をしていた。
「貴方の言葉には…、耳を貸さない」
「敦くん?」
君は一体、誰と。
なまえの声は敦には届かない。敦は無理矢理、振り払うように扉に手をかけた。
扉の向こうから、誰かの悲鳴が聞こえる。子どもの悲鳴だ。なまえにも、悲鳴が聞こえた。絶えず叫び続けているその声に、思わずなまえの肩も跳ねる。今すぐこの扉を開けて、向こうにいる誰かを助けてあげなければいけない、なまえはそう感じた。
だって、悲鳴は、嫌いだから。
敦が取っ手を引く。
鈍く重い音をたてながら、扉はゆっくりと開け放たれた。
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