同じ闇の中で【16】
ドストエフスキーが差し出し、太宰が触れたふたつの結晶。ひとつは『見える範囲の異能者を1ヶ所に集める』もの。もうひとつは『触れた異能者同士の異能を混合し、ひとつの異能にする』もの。
結晶となっていた異能は太宰の異能により殻を無効化され、ドストエフスキーの言う、『あるべき姿』へ戻る。そして、見える範囲の異能を引き寄せ、引き寄せられた異能は残らず混合してゆく。部屋の中の結晶は、次々と引き寄せられ、混合され、その異能たちはどんどんと膨らんでゆく。禍々しく赤く濁った結晶の集合が、二人の目の前で着々と体積を増していっていた。
「あれに触れて消せば…、すべてが終わる」
太宰が呟く。部屋の中の結晶を、異能をすべて集め、太宰の『人間失格』の異能で無効化する。そうすれば、澁澤の異能は維持できなくなる。霧が消え、ヨコハマは救われる。
はず、だった。
太宰がその異能の集合体に触れる寸前。
とん、と。
太宰の背に、何かが触れた。
「、っ」
その瞬間。
背中から全身に、痛みが広がった。
太宰の顔が、苦痛で歪む。
「…言っただろう?」
背後から聞こえたのは、澁澤。
冷たく、微笑んでいた。
「私の予想を超える者は、現れないと」
念入りに、ナイフを押し込んだ。
閉めたはずだ。
鍵は、確かに、閉めたはずだ。
呻くように太宰の声が絞り出され、鍵をかけていた人物、ドストエフスキーへ、太宰の視線が動く。
太宰を見るドストエフスキーは、この上なく笑顔だった。
「なるほど…、ここで、裏切りか、…っ」
「言ったでしょう?余興は多い方がいい、と」
楽しそうに、魔人は答える。太宰はの身体が揺れ、床にどさりと倒れ込む。
「こんな、果物ナイフじゃ、痛いだけかと思え、ば…、」
意識が濁ってきた。
致死性の、麻痺毒。
「…喜びたまえ。君の待ち望んでいた『死』だ」
澁澤の言葉に、太宰が返す。
「…なん、て…ことを、……気持ちいい、じゃ、ない…、…か、」
そして、太宰の意識は、そこで切れた。
虫の知らせ、というものだろうか。なまえは何かを感じ、伏せていた目を空へ向けた。霧で覆われた空には、何もなかった。なまえの目には、霧しか見えなかった。
「……、太宰さん?」
視線を、骸砦へ向ける。太宰が待っているであろう、廃墟。
呼んでも、返事が無いことは解っている。
ただ、なんとなく。
なまえは、太宰に呼ばれた気がした。
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