鍵とカーテン
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さざなみのように押し寄せてくる「それ」に、名前は目を覚ました。
起き上がる。常夜灯のついている、うす明るい部屋。
「…、…………」
ひらきかけたくちを、閉じる。
呼べばきっと、彼は何の前触れもなく現われて、
欲しい言葉と、優しいぬくもりをくれる。
けれど、なぜだろう。
今夜は、そうでなくてもいいと思えた。
フローリングの廊下はひやりとしている。
そっと歩いて、扉の前。
ノックをして、入る。
そこには、神父がいた。
「眠れぬか」
「ええ、ちょっと…、あの」
「わかっている」
綺礼は、読んでいた本をぱたり、と閉じる。
名前は、その隣へ腰かけた。
「ランサーはいいのか?」
「今夜はなんとなく、そんな気分じゃなかったんです」
「ほう、そうか」
そして、綺礼はまた目線を本へ。
「夢はもう見ない、と思ってたんです。
でも、忘れてしまってただけで、…覚えてるんですね、わたしの記憶は」
「簡単に忘れられるものではなかろう。お前にとっては」
「そう、ですね…」
『燃えているの』
「お前を引き取ったときは…目も合わせてくれなかったな」
「怖かったんですもん、綺礼」
「よく言う」
「…目が、怖かったんです」
「それでも、怖い夢のほうが勝った、ということか」
「あのときは…綺礼しか、頼れる人がいなかったんです」
「それはそれは、ずいぶんと嫌われていたものだ」
眠れなかった夜。
悪夢を見た夜。
そうした夜は、数えきれないほどあった。
「そのたびにお前は、私の隣へきて、何も言わずじっと座っていたな」
「何を言っていいのやら、解らなかったです。
綺礼も何も聞かないで、わたしのことは…気にしないでくれてましたし。
…でも、いつだったか、泣いてるわたしの頭に、
そっと手を置いてくれたときがあって。
あのときわたし、ほんとに安心して…」
「そのまま眠っていたな。部屋へ運ぶのも苦労したぞ」
「う。それは言わないでください…。
でもあのあとは、悪い夢は見なかったんですよ」
そうか、とだけ呟いて。
綺礼の手が、そっと名前の頭に触れた。
「お前は貴重な魔力源だからな。さっさと死なれては困る」
「そうですか。…それでも、それだけの存在なんだってわかってても。
綺礼がわたしを必要としてくれたことは、まぎれもない事実だから。
…わたしはそれでも嬉しいです。
わたしに存在意義を与えてくれて、ありがとうございました」
一瞬、神父は面食らった顔をした。
「…全く。名前、お前にはいつも驚かされてばかりだ」
「そんなに大した人間じゃないですよ、わたし。
…さて、それじゃ寝ますね。おやすみなさい」
「明日は早いのだろう。寝坊はするなよ」
「はい、…綺礼、ありがとうございました」
そっと扉が閉じられる。
ぱたぱたと遠ざかる、その足音。
『燃えているの』
目を真っ赤に泣きはらした少女。
怖い夢を見た、というのは一目瞭然で。
こちらを怖がっているのも、見てとれた。
何を言おう、と泳いでいる目。
ころころと、何も言わずとも雄弁に語る目の表情。
「…私も、ずいぶんと変わったものだ」
それは気まぐれだったのだろう、と自分に言い聞かせ。
綺礼の目線はまた、本の活字へ向けられた。
ふと、紡がれた言葉。
「眠りの中では、良い夢を」
/鍵のかかるカーテンの向こうへ。
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3万打記念リクエスト、ありがとうございました。
過去の話、ということでこんな感じになりました。
ラクア様、リクエストありがとうございました。
はるい。