ラウンド・アンド・アラウンド
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教会の掃除中、ふと中庭に出ると、柔らかい日差しが芝生に降り注いでいた。
箒を柱に立てかけて、靴を脱ぐ。
そろりと芝生へ足を乗せる。くすぐったいが、心地よい感触。
「うん、いい天気ですね」
ジョウロに水をくんできて、水を撒く。
光に反射してきらきらと光る水の粒が、なんとなく嬉しい。
「名前、何をしておる?」
「庭の水撒きです、手伝ってくださるんですか?」
「我にそのような趣味はないわ」
通りがかったギルガメッシュ。手にはワインの瓶。
「…、また綺礼の倉から持ってきたんですか?
あまり持ち出すと綺礼が怒りますよ?」
「寝かせておくだけが酒の醍醐味とは限らぬ。呑んでやらねばな、
…名前、お前も呑まぬか?」
「え、いや、わたしは…未成年ですし、…」
「この国は年齢で縛るのか、…まだるこしいのう。ここだけの話だ、
ひとくちでも良い。我につきあえ」
「…、はあ、そうですか…」
気がつけば流されて、目の前のテーブルには2個のワイングラス。
なみなみと赤い液体が注がれる。
「ときに名前、酒は呑んだことはないのか」
「ありません。興味もありませんでしたし…」
「そうかそうか、」
面白そうに目を細め、ワイングラスのひとつはギルガメッシュの手に。
ジュースか水かのように軽く飲み干すギルガメッシュを見て、
おそるおそる名前もグラスを手にする。
「さあ、呑むがよい」
「…、う、はい」
鼻につんとくるアルコールの匂いがなんとなく気になるけれど、
これはぶどうジュースなのだ、と言い聞かせて、
名前は、グラスを傾けた。
○
「…、ったく。朝っぱらから酒なんざ呑ませんなっての…」
あのあと。
グラス1杯で酔いつぶれて眠ってしまった名前を、
ランサーは部屋へ運んでいた。思わず愚痴が漏れる。
ギルガメッシュ曰く、名前はグラスのワインを飲み干したあと、
盛大に笑い出して、突然糸が切れたように眠ったらしい。
面白くないわ、とつぶやいていた。
「…、まあ、絡み酒よりゃマシか…」
腕の中ですやすやと気持ち良さそうに眠る名前を、
ゆっくりとベッドに横たわらせる。
「はー、さて、昼飯の用意…、」
くるりと振り返り、部屋を後にしようとした矢先、
ランサーのシャツがひっぱられる。
「らん、さあ?」
頭をベッドに戻すと、名前が起きていた。
その手が、ランサーのシャツを掴んでいる。
「お、何だ、起きてたのか、…メシの用意するから、離し、」
「らんさー、らんさー?」
いつもとは少し雰囲気の違う、熱っぽさを帯びた名前の顔。
名前はまだ、酔っ払っていた。
「おま、ワイン1杯でこんだけ酔えるってある意味すげえよ…」
「えへへ、らんさーだあ…」
シャツの裾を掴んだ手は離さないまま、近づいてくる。
そのまま、名前はランサーの腰に抱きついてきた。
「んなっ、お、オイ!」
「ランサー、どこにも行っちゃイヤです、…」
名前は頬をランサーの背中に摺り寄せる。
前言撤回、ランサーは心の中で舌打ちをした。
これは、完璧な絡み酒だった。
「行かねえよ。名前を置いてどっか行ったりしねえって」
「うそです。今わたしを置いて部屋を出て行こうとしていました。
いやです。このままここにいてください。ランサーがいないといやです」
「…、な、名前、お前」
加えて、普段の名前からは想像もつかない積極性。
ランサーは極力、名前の方を見ないようにして耐えている。
振りほどこうと思えば、彼女の細腕は簡単に振りほどける。
けれど今のランサーは、それができなかった。
いつもと違う名前に、ランサーは完全に動揺していた。
「離せって、な?」
「はなしません。ランサーがいなくなるのはいやです」
「だから、どこへも行かねえって、離してくれねえと俺何もできないんですけ、ど…」
「何もしなくていいです。わたしのそばにいてください」
「…、名前…」
「ひとりはいやです。らんさーがいてくれないといやです」
「名前!」
腕を振りほどいた。そのまま引っ張って抱き締めた。
名前は一瞬身じろぎをしたが、安心したのかおとなしくなった。
「…あのな、酔っ払ってるからって、…あんまりそういうこと、
他の奴らに言うんじゃねえぞ」
「…、ランサーだけです」
「そりゃ嬉しいけど、…俺だって困るんですけど」
しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえてきた。
ランサーは名前が寝ていることを確認して、あらためてベッドに寝かせた。
「はー、ったく…ホント困るわ…」
しあわせそうな寝顔の名前を見て、ひとりごちる。
「俺の気持ちも、ちったあ考えて言ってくださいよー…」
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果たしてお酒は強いのか、弱いのか。