小昼の追憶

フレイムヘイズとは人ならざる者……即ち、本来であれば食事や睡眠に関する欲求は薄い。……そう、本来なら。
元は当然人間であり、長い間人間として生きていたらそれだけ人間だった時の習慣や好みといったものが出やすくなる。そのため、大抵のフレイムヘイズは飲酒喫煙、あるいは入浴なども行うし、当然のことながら睡眠もとる。
「あー、体が……」
そう言いながら身体のあちこちの関節を鳴らしたシャンディアを横目に、カムシンが小さく欠伸をかみ殺した。
「ああ、予定より時間をとってしまったようですね」
高く昇りかけている太陽を見上げて、カムシンが言った。
砂漠をぬけ、御崎市への途中、ここ中国の山中でカムシンとシャンディアは野宿を決定した。昨晩は以前ヨーロッパで買い込んだ食べ物を少しつついて、翌日のルートを確認して眠りについた。シャンディアの自在法『エルサレムの足跡』は、使うと紅世の徒に気付かれてしまうので、気安く使って敵をおびき寄せたくないと結論を出し使用しないことになった。
あまり重要でないとはいえ、やはり寝る寝ないでは違いがある。カムシンほど太古のフレイムヘイズともなれば、眠りによる気持ちの鎮静などは必要ないが、シャンディアほどなら睡眠によって、人間のように記憶や感情の整理を必要とすることもある。
「急ぐ?」
「ふうむ。ここには何人か同志がおるはずじゃから、それでも良いじゃろう」
「ああ、明日には到着したいことですし」
シャンディアの問いに、カムシンとベヘモットが返す。カムシンが立ち上がって『メケスト』を軽々と担ぎ上げた。
「……あ、」
人目を避けているから、この場には二人……正確には四人しかいないため、いつものようにフードをかぶっていないカムシンの後ろ姿を見て、シャンディアが声を漏らした。自分の身だしなみを一通り確かめた後、カムシンに後ろから近寄る。
「ああ、どうかしましたか、『罪科の秤り手』?」
「髪、解けかけてるよ」
一房たれる黒髪の三つ編みを手にとってシャンディアが笑う。髪をほどいて寝るシャンディアと違って、カムシンはそのまま寝てしまうためしばしばこういうことがある。
「結うよ」
「ああ……では、お願いします」
自分で編み直すこともできるが、カムシンはそのままシャンディアに任せた。近くの岩に腰掛け、シャンディアが丁寧にカムシンの髪を編んでいく。そうしていると、どこか姉弟のようにも見える。
「どうしたの、カムシン?楽しそう……ううん、嬉しそうだけど」
最後の編み込みを終えて、紐で結んでカムシンの顔を横からひょいとのぞき込んだ。普段はフードをかぶっているうえ、無表情に近いカムシンが口元を笑みの形に吊り上げ、左目蓋に傷跡のある両目を細めてどこか遠くを見ている。
「ああ、そうですか?」
カムシンはシャンディアに言われてはじめて気がついたような顔をした。
「少し、昔を思い出していたようです」
綺麗に編まれた三つ編みを手にとって、カムシンが立ち上がる。全てを知るはずのベヘモットは何もいわなかった。
「あ、じゃあ時々編もうか?」
たった一文に篭められた想いを酌んで、その上でシャンディアがそう訊いた。カムシンは少し目を開いて、フードを深くかぶる。
「ああ、では……時折」
カムシンにしては珍しい述語のない返事をし、シャンディアは笑って頷いた。

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