夏夜の金魚

「カムシン、甘いの嫌いだっけ?」
「ああ、私の分は結構です」
まだ日が暮れる前の御崎市で、巨大な鉄棒を担ぐカムシンと目を引く中華服を着たシャンディアは、周囲の視線を気にした様子もなく、少し早い時間からミサゴ祭りに参加していた。とはいえ、ほとんど出店を見て回っているだけなのだが。
「結構大規模みたいだね。こんな時間から人が多い」
予定では、午前中に御崎市全域につけたマーキングに異常がないか確認し、夜になって辺りが暗くなったら調律を開始する。午後八時には吉田と合流し、貸し出した宝具『ジェタトゥーラ』を返してもらうため、それまでの時間は吉田との待ち合わせ場所に近い河原で待機となるはずだった。
だった、というのは、シャンディアが暇を持て余し、明るいうちに祭りを見て回ろうと提案したからだ。カムシンは特に断る理由がなかったので、目立つことは考慮せず、シャンディアの提案を受け入れた。
「ふうむ、いい場所じゃな」
「ええ、これで歪みがなければね」
人混みであるにも関わらず、二人の“紅世の王”は口を開く。その契約者も、気にしていないのか当たり前のように会話をする。
「言っても仕方ないでしょ。夕方には調律するんだし」
「ああ、以降数十年は大丈夫でしょう」
通り過ぎる人々が、二人に不審な目を向けていく。
「……お嬢ちゃんも、楽しめるかな」
一つの決意をして廃ビルをあとにした吉田を思い出し、シャンディアが呟いた。件の“坂井君”とやらを誘って祭りに来られたのか、何よりシャンディアが気にかけていたのは、吉田が“坂井君”に『ジェタトゥーラ』を使用したのかということだった。
「ああ、彼女もまた、よかれと思う道を選ぶでしょう」
「……うん」
カムシンの一見突き放したようにも聞こえる言葉に、シャンディアは短く頷いた。
祭りの喧騒の中、カムシンとシャンディアは黙り込んだ。
「さあ、お嬢ちゃんお坊ちゃん、よかったらやって行きなさいな!」
「え?」
突然横から声をかけられ、シャンディアが振り返る。既に小学生がしゃがみ込んでいる、金魚すくいの屋台があった。カムシンとシャンディアに向かって手招きをしている。
「わ、私たち?」
「そうそう。一回」
「……」
カムシンの顔を見ると、カムシンは不思議そうに首を傾げた。
「一回だけ、やってもいい?」
「……ああ、良いと思います。その国の文化に触れることは」
シャンディアが訊ねると、カムシンは少し考えてから頷いた。フレイムヘイズが人間ではないとはいえ、人間の世界を渡るためには人間の通貨が必要だ。屋台で五百円払うくらいなら、実際問題はない。
「はいよっ」
金魚をすくうポイと器を受け取って、シャンディアが小学生に紛れてしゃがみこんだ。そのそばでカムシンが辺りを見回している。
「……あっ、」
小さな声に、しゃがみこむシャンディアを見ると、持っているポイが破れていた。器には一匹も金魚はいない。
「残念!またやっておくれな」
はい、と微笑みながら器と破れたポイを店主に返し、シャンディアが立ち上がる。
「難しいや。行こう」
なぜもらってもすぐに死んでしまうのに、と言いかけてカムシンは口をつぐんだ。自分より遥かに短い寿命の生き物の死を数え切れぬほど見てきたカムシンからすれば、人間の生き物を飼育する習性は理解できなかった。
「夏だね」
「……はい」
自分はシャンディアと違い、いつから人間の感性を失ってしまったのだろうとらしくもないことを考える。
「日本の自在式もほしいかも」
鎌倉か京都かな、と騒ぐシャンディアを横目に、カムシンは日の沈み始めた空を見上げた。

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