因果の交叉

何もない空間がそこには広がっていた。白く靄がかかっていて、広大無辺な景色が辺りを覆い尽くしている。
足元に道はない。凹凸も、傾斜も、障害もない。けれどなぜか、進むべき方向はわかっていた。
「……道なんてないのに」
歩みを進めると、足音だけが響く。響いて、けれど空間の奥に吸い込まれて、音はすぐに消えた。
一歩ごとに長い記憶を辿り、懐かしみ、慈しみ、旧知へ思いを馳せる。
なんとなく足を止めると、正面の靄に気配を感じた。徐々に近づく気配を警戒することもなく待っていると、影が浮び、すぐに姿を現した。
「ああ」
「あら」
予想はしていた相手に、なんとなく笑みを浮かべて声をかける。
「久しぶり、ですね。『罪科の』――いえ、今はシャンディア、ですか」
「どちらでもいいわ。久しぶりね、カムシン」
どちらも私の名前ではないのだから、と言い捨てると、視線をそらしたカムシンがそうですねと同意した。
互いに本当の名は、フレイムヘイズとして生きることを決めた時に捨てた。以来、その名を知る者はいないのだ。
「ああ、私は随分長いこと此処にいることになると思っていたのですが」
なんとなく隣に並んで、なんとなく前だと思う方へ進んでいく。
「そりゃあ、カムシンが生きてた頃よりは短いでしょ。私、どれだけ長生きするのよ」
「ああ、貴方ならそうなりそうだと思ったんですがね」
何百年、何千年経っても縮まることのない身長差と歩幅。
けれど、確かに近付いたものもあった。
「失礼しちゃうわ」
巡り合えたこと。
それは奇跡ではなく、因果。
「ねえ、カムシン」
「ああ、なんです」
通じ合えたこと。
それは偶然ではなく、必然。
「最期に言ってた、『あの人』って誰のこと?」
「……さて、そんな話をしましたかね」
信じ合えたこと。
それは結果ではなく、過程。
「したわよ。ここでなら、きっと素直に話せるって」
「ああ、長生きしすぎるのも考え物ですね。思い出せません」
辺りにかかっていた白い靄が薄くなっていき、消えていく。世界が明るくなっていく。どこからか光が差し込んでいるのではなく、世界そのものが光っているかのようだ。
「まったく……ああ、そういえば、お土産話があるの」
「?」
ぼろぼろになった麦藁帽子の下から覗く瞳は、純粋な疑問だけを宿している。
「とある国の、英雄の話」
使命もしがらみもなく、ただこうして向き合える存在であることが嬉しかった。
おそらく、出会わなければ、同じ時を過さなければ、こうして再び巡り合い、話すこともなかった。
フレイムヘイズとしてのシャンディアでもなく、カムシンでもなく、ただひとりの存在として隣にいられることが幸せだった。
「ああ、それは長い話ですか?」
「短いよ」
「では、後にしてください。他にも、話すことがあるのでしょう」
呆れた、と言いながらため息を吐く。おそらく話の内容を察するがゆえになのだろう。カムシンの言う通り、あれからの出来事は色々と話さなければならないけれど、せっかくの土産話を後回しにするほどでもない。
「嫌よ。この話は一番最初って決めてたんだから」
何度か瞬きをしたカムシンから顔をそらすと、小さくため息が聞こえた。けれど無視をして、話を始める。
「ああ、シャンディア」
そのタイミングで、斜め下から名前を呼ばれる。
「なに? 珍しく話の腰ばかり折るわね」
「……いえ、なんでもありません」
どこか楽しげな雰囲気のカムシンを見て、辺りの靄がすっかり消えていることに気が付く。
それでも世界は続いている。
「……こんな形でも、愛なのかもね」
憶えていなくとも、王様の心に残る何かが少年を英雄たらしめたのだろう。そう思い呟くと、カムシンが微笑んでいた。
「ああ、そうですね……」
それもまた、愛なのでしょう、と。





(20140831完結)


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