虚無の楽園

「オアシスと言いますと、砂漠のどこかにあると言われている泉のことですね」
「え、それって実在するの?」
「ふむ、本当に存在する場合もあるようじゃな」
「ああ、無いことの方が多いですが」
どこまでも遠く広がり続ける砂原を、カムシンとシャンディアは歩いていた。
先ほどの徒を討滅したので、今は自然な風が吹いているだけだ。
二人はある目的地へ向かっている途中だが、徒がいる可能性があるならばフレイムヘイズとして見過ごすわけにはいかない。歴戦のフレイムヘイズの中でも、特に使命に忠実な二人は、目先の問題を片付けることで意見が一致した。即ち、『オアシス』についての調査である。
「それにしても……」
シャンディアが両袖をバタバタとふる。
「暑いしなんにもないし、どうなってるの?」
フレイムヘイズは暑いからといって死ぬわけではないが、気分的な問題と、歩けど歩けど何にも遭遇しない苛立ちから、シャンディアが不満をこぼす。ルファナティカが我慢するようにたしなめるが、シャンディアは不機嫌な顔を隠そうとはしない。
「ああ、そういえば一つ思っていたんですが」
カムシンがふと、シャンディアを仰いだ。
「『ローマの地』は使わないのですか?」
「ふむ。確かにそれなら手間を省けるのう」
「……そっか」
カムシンの言葉を聞いて手をたたくと、シャンディアは立ち止まって目を閉じた。シャンディアを中心に、露草色の大きく複雑な紋様が展開する。その縁を一周、同じ色をした炎がなぞる。そしてより大きな炎が同様にして縁を一周することを何度か繰り返した。
「……ふぅ」
シャンディアが小さく息をつくと、紋様が消失した。
「『ローマの地』で確認できる範囲に“紅世の力”は感じられないよ」
自在法による探索の結果を、カムシンとベヘモットに伝える。
「ああ、ではしばらくは歩いても無駄なようですね」
「シャンディア、『エルサレムの足跡』」
「わかってる」
普段は自分から意見しないルファナティカの言葉に、シャンディアは頷いて右腕を高く突き上げた。シャンディアたちの立っている場所から、はるか東に向かって露草色の小さな封絶のようなものが延びる。トンネルのような形状で、その中では風も巻き起こらない。
「ほんとはマーキングがあれば良かったんだけど……」
「ああ、今からそれをつけに行くところですからね」
カムシンの淡々とした言葉を気にした素振りもなく、シャンディアは右腕を下ろした。
「結局、『オアシス』って何のことだったんだろう?」
先の徒の言葉を思い出す。燐子すら持たない徒だったが、何か強大な力であるように感じた。
「ふむ。……まさか、楽園のことではあるまい」
「ああ、どうでしょうか」
心配そうに呟いたベヘモットに、カムシンはあくまで冷静に返した。そして『エルサレムの足跡』によってできた、彼らの目的地へと続く道を歩き出す。
「まずは、調律が第一です」
「それもそうね」
二人の足取りは決して軽くない。寂寥感の裏に秘めた決意を強く感じ、前へ歩く。カムシンが、シャンディアが良かれと思う道を。
「ああ、行きましょうか」
「うん。……行こう、御崎市へ」
歪んだ街を修復するため、彼らは進む。

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