砂漠の途中

細かな砂塵が風に巻き上げられて視界を覆う。緩やかな砂丘を歩く人影が二つ並んでいた。
「これ、自在式?」
「ああ、そのようですね」
先に口を開いた少女は、真っ赤な袖の長い中華服の下に黒いパンツをはいている。左側にまとめて結ばれた黒髪が風に乱されて不愉快そうな表情をしていた。
対して、少女に答えた少年は少女よりも背が低く、長袖のフードを頭からすっぽりとかぶり、ラフな長ズボンをはいている。背中には白い布が幾重にも巻かれた自らの倍の丈はありそうな長い棒を担いでいる。フードの下の表情は、あくまで平坦なものだ。
「砂が邪魔」
「吹き飛ばしてしまいましょうか?」
「ふむ。それには及ばないようじゃな」
「ああ、どうやらあちらから来たようです」
どこからか女性と老齢な男性の声が会話に参加していた。
少年と少女……カムシンとシャンディアは、紅世の王と契約しこの世の秩序を正す異能の存在、フレイムヘイズだった。

カムシンは『不抜の尖嶺』ベヘモットと契約し、『偽装の駆り手』と呼ばれる最古のフレイムヘイズである。さらに、調律師という世界の歪みを直すことができる貴重な存在でもあった。
シャンディアはカムシンほどでないにせよ古いフレイムヘイズで、『天壌の早瀬』と呼ばれる強大な王ルファナティカの契約者で、『罪科の秤り手』と呼ばれている。シャンディアは調律師ではないが、調律向きの自在法を持っていることもあり、一人で活動することが多いフレイムヘイズの中では珍しく、長い間カムシンと共に行動していた。
人間の住む“この世”と、徒や王の存在する“紅世”は本来接触しあうことはない。しかし、人間が他の人間に存在を認められ、世界に在り続けるための存在の力を喰らいに徒が“この世”に顕れるようになると、少しずつではあるが世界に歪みが生じるようになった。
そこで、紅世の王は世界の歪みを直すため、強い意志を持った人間の存在の力と引き換えに異能の力を与える契約をし、徒を討滅し“この世”と“紅世”のバランスを保つことにした。
つまりフレイムヘイズとは元々は人間で、契約した王の存在とあわせて、言うなれば二人で一人の存在なのである。

そして二人にして四人、カムシンとシャンディアはただ徒を討滅するだけではなく、歪んでしまった世界のバランスを調節し、正しい姿に戻せる数少ないフレイムヘイズだった。
とは言え、二人が戦えないというわけではない。むしろカムシンは、数千年前まで『壊し屋』と呼ばれていたほどで、その実力はフレイムヘイズでも屈指のものだ。
「カムシン、知ってる?」
吹き荒れる砂嵐の中、その砂嵐を発生させている徒の存在を近くに感じながら、シャンディアが問いかける。カムシンは担いでいた巨大な棒を砂の上にたて、その白い布をほどきながら答えた。
「ああ、私の知っている限りではないようです」
「ふうむ。儂も知らんな」
補足のように、ベヘモットが付け加える。
「そう。じゃあ宝具じゃないね」
シャンディアはそう言って両手を大きく広げた。それを見てカムシンが手を止める。次の瞬間、目の前に吊り紐のついた大きな天秤が現れた。人の顔ほどもある、丸く平たい皿が左右の均衡を保ちながら乗せられている。
「『天秤よ、秤りたまえ』」
「『汝が罪を』」
シャンディアとルファナティカが謳い文句を掛け合うと、皿に露草色の炎が灯った。
「『天秤よ、教えたまえ』」
「『汝が罰を』」
天秤が見えない力で大きく右へ傾いだ。右側の炎が急激に膨れ上がり、シャンディアを中心に砂嵐をも巻き込んでいく。
「オアシス、を……」
そう言い残して、砂嵐と徒の気配が消え去った。シャンディアは炎の消えた天秤を袖にしまい込んだ。
「……カムシン」
「ああ、どうやら少し寄り道をする必要がありそうですね」
風で脱がされたフードをかぶり直すこともなく、カムシンが歩き出す。シャンディアは体に付着した砂を払い落とすとカムシンの後を追った。

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