褐色の不帰

『真宰社』は瓦解し、細かな部品に分かれていく。新世界へ流れ込む部品と同様に、無数の徒たちが楽園を目指して消えていく。
そして。
「――喜べ、フレイムヘイズ! 喜べ、“天壌の劫火”!――」
創造神“祭礼の蛇”の声が響く。
「――新世界『無何有鏡』に、人間を喰らえず、の新たな理は織り込まれた!――」
ただ、それだけの報告。
「――汝らの悲願、成りしぞ! 汝らの戦い、実りしぞ!――」
そして創造神は、参謀のベルペオルとともに呆気なく去った。
徒の歓声が封絶内を覆う。誰一人振り返る者はいない。楽園を目指して、遙か上だけを見ている。
他の徒同様、新世界へ旅立っていく『百鬼夜行』の三人を見送り、シャンディアは倒れそうになりながらも、大切そうに『両界の嗣子』を抱いて歩み寄ってくる吉田一美を見ていた。
彼女の行く手である河川敷の土手にはフレイムヘイズが集まっている。シャナとヴィルヘルミナ、マージョーリー、『大地の三神』となったイーストエッジ、サウスバレイ、ウェストショア、そしてシャンディアと、もう一人。
彼らの中央に寝かされている、『儀装の駆り手』カムシン・ネブハーウ。
太古の討ち手の一人だった。今や彼と過した時を同じくするのは、『大地の三神』らを除けばいないと言えるほど、遙か昔より使命を奉じてきた。歴戦の戦士であり、屈強な戦士であった。
――しかし、カムシンの左半身は黒く炭化し、右半身に至ってはえぐり取られたかのように欠落している。その断面からは褐色の火の粉が弱々しく零れ落ちていた。一美から餞別にもらった麦藁帽子もなく、解けて乱れた髪。けれど顔には、この戦い以前の傷しかない。
一言でいうなら、凄惨だった。
カムシンのそばへ辿り着くと、一美は膝を折って腕に抱えるものを翳して見せた。一同は黙って見つめている。
「カムシンさん……これ」
琥珀色の花弁が降り積もるフラスコ内では、同色の火の粉が舞い、花弁はゆっくりと融合していた。
「フィレスさんとヨーハンさんにとって何より大切なものと、神様にも認められるくらい深い意味を持ったものを、カムシンさんとベヘモットさんが守って、託させてくれたんです」
一美なりに考えた、カムシンへの言葉だった。拙くもつむがれる言葉に、カムシンは唇を開き、しばらくの間をおいて薄く瞳を開いた。
「ああ……『万条の仕手』、貴方が……来てくれて、良かった」
爆発する巨人たちから一美らを守るために、カムシンは『百鬼夜行』が潜んでいた『真宰社』の壁面の一部ごとえぐり取り、投擲した。ヴィルヘルミナならば、その勢いも負荷も消せると信じて。
「いえ」
けれど肝心の長年の知己であるカムシンを守れなかったヴィルヘルミナは、言葉少なく返す。
「ああ……『三神』の皆さん……貴方方が言われた『人間を喰らう、時の終わり』同様……今が『闇雲に徒を殺す時の、終わり』……どうも、私はやり遂げたよう、ですね……」
「聳える岩よ」
彼らを代表して、イーストエッジが一美の横に膝をついてカムシンに声をかける。
「例えおまえが、私の前から去った後でも」
彼の契約者が続ける。
「おまえの手は、しっかりと握られている」
頷く代わりに、力なく瞼を閉じたカムシンは、しかしもう瞼を持ち上げる気力を持たなかった。
「天罰神“天壌の、劫火”」
「なんだ」
アラストールは、弱々しい声を聞きもらさぬように返す。
「新たな使命に、生きられ……光栄です」
それは、フレイムヘイズとして最後のけじめ。
「我らこそ、だ」
アラストールは、聞こえているかわからなかったが、それでも言葉を返した。
「……――」
もはや、口を開いても言葉は出てこなかった。
シャンディアはただ黙って唇を噛み、拳を握り、火の粉を散らす同朋を見つめていた。
そのとき。
「死んじゃ嫌です!」
強い言葉に、カムシンが再び薄らと目を開けた。
自身が巻き込んでしまった、けれどいつの間にか強くなっていた少女へ、言葉を送ろうとなけなしの意識が集中する。
「ああ、あんな、偉そうな別れ方をしておいて、これでは格好が付きませんね」
「ふむ、それは儂とて同じこと。だが、吉田一美嬢、せめて忘れてくれるな」
一美は涙をこぼしながら頷く。
「悪いことばかりでも、ありませんよ」
「えっ」
意識が途切れぬうちに伝えようと、カムシンは続ける。一美は驚き、聞き返す。
「使命のない場所なら……あの人とも、素直に向き合えるかもしれませんからね」
「……はい、きっと」
微笑んだ一美の言葉をもらい、誰よりも言葉を伝えなければならなかった相手の名を呼ぶ。
「ああ……『罪科の秤り手』、貴方とともに使命を奉じられて、私は幸運でした」
「……うん。そうね、私も」
儚く舞っていた褐色の火の粉が消える。
「……シャンディア……因果の――……」
「交叉路で、……また」
そして、彼の者は消えた。

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