世界の誕生

「なるほど……面白い。余の『大命詩篇』で変質した体を、そのような形で補おうとは」
神託の余韻に浸るものが多い中、創造神“祭礼の蛇”――坂井悠二は、一人笑っていた。
「これも創造、まったく新しきものの、創造だ」
創造神と対するのは、シャナ。そしてその胸に下がる神器“コトーキュス”の中のアラストール。
「彼奴がそうと告げた以上、あり得ぬ、とは言えまい……だが、あの存在が成されるには、莫大な存在の力が……む、そうか――!」
今まさに生誕しようとしている『両界の嗣子』が数百年前の大戦で生まれ得なかったのは、アラストールとその時の彼の契約者のおかげであった。当時も存在の力がネックとなっていたが、彼はその時と現在の状況で異なることに気付き、続いてシャナと悠二も気付いた。
「この世界を去る時に、徒が残していく存在の力――!」
生まれ得る、ここには理由があった。
「大いに、大いに、期待に応えようではないか。新たな創造、新たな世界、そして奴の言うところに沿うならば、新たな在り様とやらも、楽園『無何有鏡』にて、見つかろう」
膨大な力を弾けさせて、悠二は飛んだ。
「前座は終わりだ、準備も整った」
宙に浮かぶ、新たな世界の卵へ逆向きに立つ全身から、溢れるように力が噴出し、その足元の世界の卵へと流れ込む。卵は力を受けて銀色に輝き、自在式の文様すら見えないほど強く輝いた。
「――さあ――」
悠二は頭上――すなわち、地上へと手を伸ばした。
「――愛しき“紅世の徒”よ。思うが侭に抱け――」
空を仰いでいた徒は、例外なく地に跪き、彼らの神の言葉を聞いていた。
「――望み求める世界を、余が集め、束ねよう――」
シャナたちは、『大命詩篇』を改変できなかった。正確には、できたけれども、無駄であった。
『零時迷子』――劣化と消耗を回復するミステス。その原理を以て、『大命詩篇』に為された劣化をそれ以前のものに回復する……それが、悠二の説明だった。
「――今こそ、楽園『無何有鏡』の、開くとき――」
フレイムヘイズは、矮小な自分を感じながら、徒同様空を仰ぐ。
創造神は己のもとに集まった願いを、力を、すべて世界の卵へ注ぎ込む。微かな振動が伝わり、彼らは気付く。
世界の境界に穴が開きつつあることを、その先に新世界が創造されていることを。
「――『天梯』よ、在れ――」
世界の卵に灯った黒い炎はやがて表面を覆い尽くし、小さく収縮した。それは創造神とさえ比べものにならない力の塊。
「――愛しき“紅世の徒”よ。この一瞬に、願いを込めよ――」
創造神が跪く徒たちへ告げると、徒たちは願った。
「――――  っ  ――――」
力の最後の一滴まで、創造神の身からその球に注がれる。
「――成った――」
言葉と同時に、突然黒い環がその場から真上に向けて、封絶さえも突き抜けて螺旋状に弾けて伸びた。

別の場所から創造神の声を聞いていた、『三柱臣』のベルペオルはある事実に気付き、驚愕した。
「変わって、いない?」
シャナに改変された『大命詩篇』は改変されたままであるのに、新世界の卵は孵る時を待っていた。
《不可思議なことが、起きたぞ……我が参謀》
創造神がベルペオルへ声を飛ばす。
《愛しき“紅世の徒”たちは、あれだけの自由を与えられて、どれだけの不自由があるか知っていた。でありながら、あの“祭基礼創”成就の瞬間……こう、思っていたのだ》
ベルペオルは、黙って盟主の言葉を聞く。
《それでいい、と。なぜ、不自由な楽園を、彼らは望んだのだ?》
創造神の言葉に、ベルペオルは動揺した。
「なぜ、なぜ盟主、御自らが力を振るい、変えられなかったのです!?」
そのための力も、準備もできていた。シャナの打ち込んだ改変式など、容易に打ち崩せるもの――そのはずだった。
少しの間を置いて、悠二は答えた。
《皆――どこか、悲しそうだったのだ》

[*prev] [next#]

[top]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -