餞別の言葉

「……うっ、……」
一美が呻き声をあげながら身を起こす。別段怪我はない。爆風で吹き飛ばされた衝撃に、一瞬気を失っていただけのようだ。
琥珀色のとあるものを大切そうに抱えて、白緑と露草の薄いベールをまとっている。
「お怪我は、ありませんね」
パラの言葉に、頷く一美。そして不思議そうに辺りを見回す。
「あの、私たち……あの爆発から、一体どうやって?」
なにがどうなっていたのかわからない一美でも、川へ投げ飛ばされた瞬間、二つの自在法が発動したことだけはわかった。
「危ないところでした。あのとき、ボスが自在法で、この車の姿と気配を消し去り、同時に儀装のばれないギリギリ後方に、大半はそっちに引きつけられ、互いに衝突して爆発した、というわけです」
大半は、という言葉に不安そうな顔をした一美をさらに追い詰めるようにギュウキが振り返る。
「その後はカムシン翁の仕事だ、な」
「!!」
その言葉でようやく、思いださなければならない人物を失念していたことに気が付く。
「シャンディアさん……」
後ろを振り返るとすぐにシャンディアを見つけ、胸をなでおろす。しかし彼女と一緒にいるはずのカムシンの姿は見えない。さらに辺りをよく見回して、一美は見つけた。
車の後ろに水没している岩塊の上に立つ、小さな姿を。
「カムシン、さ――」
一美は息を飲んだ。シャンディアはカムシンの後姿を黙って見つめており、一美たちの方へ目を向けようとしない。
「ふむ、少々、強引じゃったがのう」
炭化した左半身から褐色の火の粉が零れ落ちているにも関わらず、カムシンに弱った気配は見えない。どれほどの手練れであっても、体の半分が使い物にならない今、その場に立ち続けていることすら困難だ。
「車内に残しておいた石に刻んだものと、この塔を崩す際に刻んでおいたものの残り、二つの『カデシュの血印』を起動。本来は儀装を組み上げるのに使う『カデシュの血脈』で相互に牽引させることで、ここまで一跳びに退避した、というわけじゃな」
しれっとはじめに降車した際に置き土産していたことを明かし、なんでもないように説明するベヘモット。
「肝心な部分が抜けている。我々を丸ごと『心室』で包み、後方至近の大爆発、前方から来る炎弾、受けるダメージを全てを一身に集中させた、というところがな」
「えっ……」
ギュウキの吐き捨てるような言葉に驚き、一美は思わずカムシンの言葉を求めた。
「ああ、爆発を最小限の被害で潜り抜けるには、一塊となって突破するのが最も効率的だったもので」
決して振り返らず、その背中は何人も寄せ付けない。
「……あの塔を守ってる巨人、一体一体が強力な爆弾らしいわ」
「困ったわね。いくらかこちらへ向かってきているようよ」
淡々としたルファナティカの補足に、一同は絶句する。
シャンディアは言いながらカムシンへ背を向け、ギュウキの背に乗る。一美の手を取って引き上げると、パラたちもギュウキの背に乗り込む。
「カムシン」
「ああ、了解です。情勢に余裕もないことですし、早速始めるとしましょうか」
一美の背筋を冷たいものが抜ける。
カムシンは微動だにせず、襲いくる徒を迎え撃つように立っている。にも関わらず、常ならばその隣にいるはずのシャンディアは一美の隣にいる。
「儀装」
「カデシュの血印、起動」
そばへ来ることを拒むように、乗り捨てた車の近くにあった岩塊から『心室』へ集まっていく。
「カデシュの血脈を形成」
褐色の炎がより合わさっていき、繋がりを断つ。
「展開」
「カデシュの血脈に同調」
炎の綱を頼りに、岩塊が次々と巨人の一部となっていく。
「…………」
命を散らすように火の粉を散らす巨人が立ち上がる。
全てを振り払うように、群がる徒を蹴散らしながら。
「今の苦難を経て、あなたは、もっと強くなる。これまでそうしてきたように」
「どこまでも健やかに、よかれと思う道を進まれよ、吉田一美嬢」
隣で話す人の声さえも聞き取れないような騒音の中、しかしはっきりと一美の耳にカムシンとベヘモットの言葉が届いた。

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