逃走の危機

(あっちにもこっちにも、存在の力が溢れてるし違和感だらけだし、なにがなんだかわからないわ)
(車中の二人が妙なことだけは確かね)
存在の力を探知することに長けているシャンディアだが、こうも徒やフレイムヘイズが入り乱れている状況ではその特技もあまり役には立たない。彼女たちの真下、ライトバンの中でおとなしくしていると思われる『彩瓢』フィレスに『零時迷子』ヨーハンの二人。その気配がどことなく奇妙なことは感じていた。
「ああ、『罪科の秤り手』」
「なに、カムシン」
いつしか間断ない攻撃に晒される車の屋根の上で、『メケスト』を大いに振るいながらカムシンが声をかける。
「吉田一美嬢と中の二人を頼みます」
「了解」
大々的な自在式では見つかってしまう。ゆえにカムシンの『儀装』で周囲を一気に叩くことはできない。かといって、シャンディアの『ウンディーネ』を用いた自在法も大規模なものがほとんど。それでもサポートに徹して数千年を生きてきたシャンディアには、特定の人物だけを保護する自在法もあった。
「『高く聳える巌となれ』」
「『すべて遮る濠となれ』」
シャンディアとルファナティカが文句をかけあうと、車中に露草色の光が溢れた。『百鬼夜行』の運転手であるパラと頭目のギュウキが不意の出来事に驚き、文句を言う。
「おいおい、なにかするなら言ってくれ!」
「なにもないようにしただけよ」
平然と返すシャンディアにカムシンの影を見ながら、ギュウキは押し黙った。
(ああ、しかし、これは些か数が多すぎますね)
(ふむ、少し前ならまだここまでではなかったんじゃが)
潰しても、砕いても、なお無我夢中に襲ってくる徒を無言で捌きながら、カムシンとベヘモットは心の声で会話する。
「む? ギュウキさん」
突然、カムシンと共に屋根の上で戦っていたゼミナがギュウキに声をかけると、彼も異変に気が付いてパラへ声をかける。
「パラ、どういうことだ」
車は圧倒的な加速で道を突き進んでいた。
それは、運転手の意図によるものではない――すなわち、暴走だった。
《ハ、ハンドルが利きません――いえ、制御不能! 制御不能です!》
パラの悲鳴にも似た報告と同時に、シャンディアが違和感を覚える。
「この、感覚……」
同時に、カムシンが視界の端をかすめる薄い菖蒲色の靄に気が付いて、吐くように叫ぶ。
「――『ダイモーン』です!」
「タイミング悪すぎ!」
二人のフレイムヘイズはほぼ同時に、呼吸という人間ならば必要とする慣習をやめた。
《ど、どうしたんですか?》
「特定対象物を毒するガス攻撃です」
カムシンは一美の問いに端的に答えると、パラに対して、シャンディアの自在法の上からさらに一美たちを守るよう命じた。それは即座に実行されたが、事態の好転とはならない。
空気に浸透した毒ガスは、もし使い手を倒したとしても消えるわけではない。そして使い手は近辺には当然いないため、カムシンらには打つ手がなかった。暴走は止まらない。
「くそ! 最悪だ、進路が!」
ギュウキの言葉で気が付くと、車は先ほど逃げ出した『真宰社』へ向けて、川の堤防を大きく飛び越えようとしていた。
中に放り出された車を見て、徒が一斉に群がる。圧倒的な数、圧倒的な攻撃が襲い掛かる。
「くそったれ!」
ギュウキの自在法が、
「血印、起動!」
カムシンの自在法が、同時に発動した。
数秒の後、封絶内を揺るがすほどの大爆発が起きた。

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