怪物の物語

ワタシは、とある暑い地域にいました。一日中、頭のてっぺんから太陽の光がジリジリと身を焦がすほど暑いところです。
その辺りでは、ある王国が栄えていました。
砂漠の中に住居を構え、わずかな作物を育てて暮らしていたのです。
その王国には一人の王子がいました。褐色の肌に炎が揺らめくような瞳、そして少し伸ばして結んだ黒髪を元気に揺らす、明朗な王子です。
王子には立派な父親と、きれいな継母がいました。
継母は時折王子に厳しく、父親もワタシが見る限りではとても優しいとは思えなかったのですが、それでも王子はいつも笑顔でした。
ワタシはずっと昔から、この土地に人間が住むよりももっと前からこの地に住んでいて、多くの人間を見てきました。
その中でも王子は、特別な存在でした。理由はわかりません。王子が生を受けたその時から、ワタシは王子のことを気にかけ、ずっと見てきました。
だから王子が両親に辛くあたられていることも知っていました。けれども、王子を助けようと思ったことはありません。
ワタシは王子を信じていました。

最近、継母の王子に対する態度が酷くなりました。
それでもワタシは手を差し伸べるつもりはありませんでした。
ところが継母は、とうとう王子を王宮の地下牢に閉じ込めました。王子が悲しそうな顔をしているのに気付きましたが、父親も継母を止めることはありませんでした。
それから何日も経ちましたが、王子はずっと牢の中にいます。
瞳が揺らめくことはなく、黒髪も力なく背中に垂れたままです。食事を届けに来る兵士や継母に話しかけても、無視をされました。
王子は小さな身体を縮こめて眠っていることが多くなりました。
そして食事も摂らなくなり、目に見えて衰弱していきました。
ワタシは心配になり、こっそりと王宮の地下牢に忍び込みました。ワタシの姿は人間には見えませんし、声も聞こえませんが、牢に入ったワタシは王子に話しかけずにいられませんでした。王子は、それほど痩せ細っていたのです。
『苦しいですか』
決して聞こえているはずはなかったのです。
けれども、偶然にも王子が幾日もぶりに口を開きました。
ただ一言、「苦しい」と。

ワタシはすぐに牢を出ていきましたが、次の日になると、再び王子の元へ訪れました。
ただ一言、初めて王子の口から苦しいなど負の感情が発せられたことが、驚くほどワタシを揺り動かしたのです。
『寂しいですか』
「寂しい」
『悲しいですか』
「悲しい」
ワタシが王子に話しかける瞬間と、王子が独り言を呟く瞬間とが本当に驚くほど一致しました。
ワタシは連日、王子の元へ通いました。
そしつある日、王子がワタシよりも先に口を開きました。
「あなたは、誰ですか」
驚きました。王子は、ワタシが訪れているうちにワタシの気配に気付けるようになっていたのです。
ワタシは躊躇いました。もし本当のことを言ってしまったら、王子はワタシを怖れるに違いないと思ったからです。
けれども元々ワタシは怪物で、本来ならば人間と関わることはありません。例え王子がワタシを怖れたとして、何か問題があるでしょうか。
『ワタシは、怪物です』
王子が息をのむのがわかりました。ワタシはじっと王子の反応を待っています。
王子は体を仰向けにして、その瞳をワタシに向けました。そして確かに、その炎が揺らめくような瞳の中にワタシを映していたのです。
『怖ろしいですか』
「いいえ、決して」
ワタシは王子と会話が成り立ったことに喜びを感じましたが、それよりも王子がワタシのことを決して恐ろしくないと言ったことが更に嬉しかったのです。
「あなたはとてもあたたかい」
数日ぶりに王子が笑いました。
ワタシはその場に座り込んで、人知れず王子の看病をすることに決めました。

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