最後の支度

世界を、一点へと巻き込む動きがある。
フレイムヘイズと“紅世の徒”を巻き込んで、騒動を引き寄せ、波乱の因果を招き、激突へと収束させる、それ。片側が意図的に狙いでもしない限り、遭遇の頻度も少ないはずの両者が、ごく短期間で断続的に衝突した末に、それは現れるという。
――『闘争の渦』。
いま、誰が見てもそうだとわかる、御崎市。
御崎市を『闘争の渦』たらしめたのは、他でもない創造神――“祭礼の蛇”であり、坂井悠二であった。
御崎市全域を覆う、巨大な金色の自在法へ最初に足を踏み入れたのは、自らが存在しえない場所でさえも世界と呼ぶ、三人の太古の討ち手だった。

「ルファナティカ、よかったの?」
「なんのことかしら」
とぼけないでよ、とシャンディアが言うと、契約者は忍び笑いをもらした。
目の前で左右に皿を吊った水平の天秤を眺めながら、シャンディアはゆっくりと立ち上がったカムシンの後姿をも視界にとらえる。天秤に吊られた水盆には、露草色の炎も、水も、なにもない。
「アラストールはああ言っていたけれど……」
――自らの見と識に拠りて審め判じた世の理を以て、彼奴らの黒業を罰し罪根を断ずる。
『天釈神』ルファナティカとは対極に位置する、『天罰神』アラストールの言葉。
――即ち、本作戦をこそ、我は最善と信ずる。
それは神である以前に、“炎髪灼眼の討ち手”の契約者として、“天壌の業火”という戦士としての言葉だった。
「私も同じよ、シャンディア」
神たるアラストールの言葉の後だ、その場の誰もがシャンディアを、ルファナティカを見た。シャンディアの耳飾から、たおやかな女性の声は告げた。
「私が従う私の定め、それに従って戦うと決めた。すべての徒に、公正な赦しを与えることが正しいのだと、そう信じて、あなたとともにここまで来ました」
――自らの心が定める真理に従った上で、この作戦が最善だと信じるわ。
「頼りないかしら?」
「……そんなことない」
小さく首を横に振ると、準備を終えたらしいカムシンが振り返る。
「ああ、こちらの支度は――」
そして動きを止め、シャンディアを見つめる。
「シャンディア。どうかしたのですか」
不意に名前を呼ばれ、驚きながらも再び首を横に振る。少し間を置いて、カムシンが天井を見上げる。言わんとしていることを察して、シャンディアが先に口を開く。彼がそれを良しとしないであろうことを、知った上で。
「吉田一美さんがいるとは思わなかったわね」
「ああ、まったくです」
しかしカムシンは、何食わぬ声で答える。
「ふむ。……今のおまえさんを動かしているものは、調律をこんな形で使われたことへの報復でも、吉田一美嬢にあんなものを渡した“彩瓢”フィレスへの憤怒でもないんじゃろう?」
シャンディアに向けられた問いではない。ベヘモットから、彼の相方へ、僅かに残る感情を切り捨てさせるための、誘導。
「ええ」
対するカムシンは、吉田一美からもらった麦藁帽子を目深にかぶっている。
「大丈夫かの?」
「連中に必要な手駒であれば、意地でも守るでしょう」
シャンディアは、おそらくもっとも長くカムシンとともに時を過ごしたフレイムヘイズだった。けれど彼自身の話を聞いたことはない。契約者との素っ気ない、一見なんの感情もないやりとりにどれだけの意味や思いが込められているのか、はかることは出来ない。
「カデシュの血印、起動」
褐色の炎が、ある意図を以てマーキングされた各所に灯る。その隙間を縫うように、露草色の自在法も起動した。
「『アマゾン・リバー』」
二人が密かに侵入した建物の基盤をえぐりつつ巨人が起き上がる。その存在に気付いた徒たちが危機感を察するのと同時に、露草色の炎が爆発的に燃え上がり、まるで川の流れのように広がって徒を襲った。
徒たちの守るべき根幹、『真宰社』が崩れようとしていた。

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