大陸の炎上

なにが起こっているのか、花天と清正には理解できなかった。
突然現れた、清正と同じくらいの歳の少年が、その身の倍以上はある大きな棒を振り回して怪物と戦っていた。……宇子であった、怪物と。
「ああ、やれやれ。一般人がいるところでは使いたくなかったのですが」
「そうも言っておれんじゃろう」
少年の姿しか見当たらないのに、どこからともなく、少年と会話をする老人の声がする。
「な、なんだ、あれ……」
清正の呟きはもっともだった。しかしそれは、今まで二人から気がそれていた怪物の意識を再び引きつけるものとなった。
「……存在ノ、力……!」
少年に背を向けた怪物が、再び花天たちに牙をむく。立ち上がって逃げることもできない花天をかばうように、清正が花天の体を抱き締める。
「清、」
少年の焦るような声が聞こえた次の瞬間、花天は空白を感じていた。
――そこには、清正の下半身しか残っていなかった。それもすぐに怪物の口の中へ消える。
「清正……?」
呆然として怪物を見上げていると、怪物が花天に襲い掛かってくる。なにも考えられなかった。花天はただ、清正の行方だけを考えていた。
「グウッ」
急に怪物が吹き飛び、花天の視界は少年の背中を映した。よく見ると清正よりも小さな体で、背中に垂れる長い三つ編みが理解しがたい懐かしさを抱かせる。
「あなたは……」
「ああ、今見たことは忘れてください」
花天の問いを封じるように言葉を重ねて、少年は逃げだした怪物を追ってその場をあとにした。
花天と、燃え盛る家だけがそこに残されていた。

何度も転びそうになりながら、花天は走っている。怪物と少年が消えていった方へ、燃え盛る火の通りを駆け抜けて。
花天にはまだ、宇子が怪物になったのだとは信じられなかった。それでも清正がいないのは事実だし、宇子がいないのも事実。そしてあの少年が怪物を殺そうとしていることだけは確かだと思った。
怪物は、この世界にいてはならないものなのだと漠然と感じ取っていた。けれど花天には、宇子の笑った顔や、子供たちと楽しげに遊んでいた時の思い出がある。それは宇子が人を食べる怪物になったからといって忘れられるものではない。そしてまた、見ず知らずの誰かに彼を殺させることなどできない。
自分になにができるかなど、花天は知らなかった。しかし、少年を止めなければならないと思っていた。
唐突に、足をもつれさせて転ぶ。立ち上がろうとするが、力が入らない。
「行かなきゃ……行かなきゃ、いけないのに……!」
助けてくれた少年には感謝している。けれど、怪物を、宇子を止めるのは自分でありたかった。
歯がゆさに下唇を噛み締めると、どこからともなく声が聞こえた。
(力が、ほしい?)
「誰?」
(彼を止められるだけの力がほしい?)
声は答えずに、問いを重ねる。
(過去も、未来も、すべて失うとしても――それでも、力がほしい?)
花天には言葉の意味が理解できなかった。過去も未来も失う。そんなこと、あるはずがない。自分が存在し続ける限り、失われるものなどない。
「力があれば……止められるの?」
(……そうね。きっと)
曖昧な返事だった。
花天は地面に手をつき、やっとのことで立ち上がる。
花天は、宇子が好きだったのかもしれないと思った。
同じ年頃の異性はいなかった。花天がいつも面倒を見る役だった。
なにが悪かったのか、花天にはわからない。ただ、宇子のことを、清正のことを、故郷のことを思った。
「力が――ほしい。宇子を、止められるだけの、力が」

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