裏切の焼討

「宇子、調子はどう?」
「今日はいい感じ。ありがとう、花天」
よかった、と笑顔を浮かべた花天の正面に座っているのは、先日彼女たちが見つけた人物だった。
すぐに怪我の手当てをしたため、空き家にかくまったその人物は翌日には話をできるようになっていた。
自分の素性さえわからず、なぜ倒れていたのか、なぜ怪我をしていたのかわからないと言った少年に、花天たちはとりあえず宇子と名付けた。そうして、彼の具合が良くなるまで面倒を見るという花天にしたがい、遊ぶ時も体を動かさないことや、宇子をかくまっている空き家で集まることが多くなった。
「やっぱり、なにも思い出せないの?」
「……ごめん」
「気にしないで。ゆっくり思い出しましょう」
怪我はだいぶ良くなっていたが、宇子は一向になにも思い出さない。
いつものような遊びがなかなかできず、清正たちは正直なところ退屈で、宇子のことをもてあましていた。しかし花天が最後まで面倒を見るというので、しぶしぶ付き合っている状態だ。
花天はそれを知りつつも、宇子を見捨てられずにいた。
「それよりも、最近このあたりで怪物が出るって噂らしいぜ」
「怪物?」
清正がぼんやりと外を見ながら言う。花天は不思議そうに首を傾げる。
「なんでも人を食っちまうとか……」
「怖いよう……」
「大丈夫よ、宣里」
脅かすような声色の清正をたしなめ、怖がる宣里の頭を撫でて、花天は考え込んだ。
両親からはなにも言われていない。遊びに出かけている花天を心配しないはずはないので、もしかすると清正の作り話かもしれなかった。
「物騒だね……花天、みんな、無理にここへ来なくていいからね」
「大丈夫よ。怪物なんて、すぐにやっつけられるわ」
宣里やほかの怯える子供たち、宇子、そしてなにより、自分自身に言い聞かせるように花天は言った。

宇子が出歩けるようになってから、花天たちはまた外へ出て遊ぶようになった。激しい運動は出来ないものの、最初は宇子を疎んでいた清正たちと仲良く遊ぶようになっていた。
「宣里も来れないって」
「そう……やっぱり、危ないのね」
いつものように、花天は家の前で清正を待っていた。彼は日を追うごとに、子供たちが遊びに来れなくなったことを告げ、ついには花天と清正、宇子だけになってしまった。
「それじゃ仕方ないわ。清正も帰りなさい」
「花天はどうすんだよ」
「少し散歩してから、宇子の様子を見て帰るわ」
「それじゃ俺も――」
清正の言葉を遮って、どこかから悲鳴が聞こえた。二人は顔を見合わせてから走り出す。
怪物、という二文字が頭をよぎる。それでも二人は走った。
花天の家からそう遠くない家で、火の手が上がっていた。なにか大きなものにつぶされた跡が家にはある。崩れた塀の向こうから、松明を持って現れた人影に、清正は花天の手を取って物陰に隠れた。
悲鳴は間違いなくこの家から聞こえていた。けれど今は、もう聞こえない。
黒い煙が空に立ち上っていき、炎の巻き上がる音が聞こえる。
隠れて息を殺す清正と花天。先に身を隠した清正はなにも見ていないようだったが、遅れて隠れた花天は、火をつけたであろう人影をはっきりととらえていた。
「なんで……」
小さな呟きは、常人ならば聞き届けられないはずだった。しかし次の瞬間、二人の隠れている物陰に、第三の影が現れた。
松明を持って、耳まで裂けた口で笑う宇子が、二人を見つめている。
「見イツケタ」
力なく地面に座り込んだ花天と、絶句する清正。
大きな口を開けて、怪物として二人を食らおうとする宇子。
その誰でもない声が聞こえた。
「ああ、やれやれ」
「ふむ、どうやら面倒なところに紛れ込んでおったようじゃな」

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