東国の覚醒

一人の少女が、大きな家の前に立っていた。高い塀にふさわしい立派な門があり、その門から敷地を覗き込むと、実際の住居まではかなり距離があるとわかる。広々としたいわゆる庭には、幹の太い桜の木が立っている。
「花天!」
遠くから、駆けてくる軽い足音。
花天、と呼ばれた少女は声のした方を見て、顔をほころばせる。
「清正。早いのね」
「花天の方が早いじゃん」
十四、五の少女より少し背の低い、十ほどの少年が笑いながら花天の手を取った。
「さ、行こうぜ」
清正に手を引かれながら、花天はいつもの遊び場へ駆けだした。

花天は決して頭の悪い娘ではない。賢くはなかったが、彼女らが暮す大陸は広く、そして強大な力をつけつつあることを理解していた。
彼女の父親が成長している大陸において権力を持っていることも、関係していただろう。
花天の両親は、花天が近所の子供たちと遊ぶのを嫌がらなかった。
花天が子供たちを好いていたこともあり、また和を尊ぶ精神から、たとえ貧しく愚かな一族であっても、交友関係を持つべきだと考えていたこともある。
子供たちと遊んで砂まみれになったり、時には怪我をして帰ってきたり、そのたびに注意されたが、花天は気にしていなかった。
その日も木登りをしていた花天には、自身が目に見えない大きな渦に巻き込まれていることを知る由もなかった。

「宣里、もうちょっと左!」
「そこに足をかけて!」
幼い少年に声をかけながら、花天は空を仰いだ。
自宅にある桜の木よりも高く、ここら一帯では一番背の高い木だ。てっぺんの方は不安定だから、花天と清正くらいしか登れない。その景色は絶景だ。
「花天姉ちゃん、僕もう無理…」
「大丈夫よ、宣里。男の子でしょ」
足を揺らしながら、下の方で泣き出しそうな宣里を励ます。まだ木に登っていないのは彼だけだ。
「だって……あれ?」
このまま登るべきか、降りるべきか悩んでいた宣里が、なにかを見つけたのか、視線を落とす。つられて花天も下のあたりを見てみるが、生い茂る葉であまりよく見えない。
「どうかしたのか、宣里?」
「清正……人が、倒れてる」
「なに!?」
ゆっくりと木を降りる宣里の言葉に、誰もが驚く。
真っ先に清正が降りていき、宣里と手をつないであたりを見回す。花天も注意深く降りていく。
「あ! 花天、本当に人が倒れてる!」
「それに、僕たちと同じ子供だよ」
子供たちは次々と木を降り、倒れている人物に近付く。花天が最後に近付いた時、瞼を閉じていた人影が小さく呻いた。
「ううん……」
「生きてる!」
殺すんじゃない、と清正に怒られた子供が舌を出す。
怯えたように花天の後ろに隠れた宣里をそばにいた別の子供に預けて、花天はその人物に歩み寄る。膝をついて、呼吸の確認をしてから肩を叩く。
「ねえ、大丈夫? どうしたの?」
「……う……」
痙攣するように小刻みに動いていた瞼がゆっくりと開いたのと同時に、花天はその人物が腕に怪我をしていることに気が付いた。黒い着物を着ていたからわからなかったが、ひどく出血しているようだ。
「あなた、怪我してる……!」
「ここは、いったい……ぼくは……」
「喋らないで! 清正、布をちょうだい! それから誰か水をくんできて!」
意識を取り戻した人物に安静にするよう告げて、花天はまわりの子供たちに指示を出す。
どんな人間で、なんのためにここにいるのか、それはわからない。しかし花天とあまり歳の変わらない様子の怪我人を見捨てるという選択肢は、彼女の中にはなかった。

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