二人の物語

『怪物』は世界中を逃げ回り、時には追いかけて来る王子と戦い、時には別の怪物を差し向けて殺そうとしました。
反対に王子も、世界中を追い回り、『怪物』を殺そうとしました。
二人は、何年も、何十年も、何百年も殺し合いました。誰に理解されなくとも、それがすべてだと知っていたのです。

ある時、王子が『怪物』を襲いました。
『怪物』はすぐに反撃しましたが、王子の第一撃は深く傷を作り、『怪物』を痛めつけました。それだけの力を、王子は、いつの間にか身に着けていたのです。
『怪物』はそれが嬉しかった。たとえ、王子を守りたいだけという当初の目的を忘れても、ともに戦えることが、戦うそのたびに王子が強くなることが、『怪物』にとって何よりも勝る喜びでした。
しかし『怪物』が傷つきながら喜ぶ半面、王子は優勢にも関わらず悲しくなりました。
あれほど力強く、自分を守り、自分より遙かに強大な存在であった『怪物』と並んでしまったことが、王子は何よりも悲しかったのです。
二人の殺し合いは、また長い火蓋を切って落としました。
一日経ち、二日経ち、一週間経ち、それでも終わりません。
二週間経ち、三週間経ち、一ヶ月経ち、ようやく終わりが見え始めました。
それはいつものように、一方が逃げ出し、体勢を立て直すことではありませんでした。
二人の、『怪物』と王子の、長きに渡る戦いが終わろうとしていたのです。
『王子、……あなたは、本当に強くなりましたね』
「私のことをそう呼んでくれるのは、もはやあなただけです」
互いに深手を負い、たくさんの傷を抱えながら、それでも二人は言葉を交わし、力を交わしました。
「私は……あなたに、出会わなければよかったと思います」
王子は大きな棒を振り上げて言いました。
『怪物』はその身で棒を受け止めて返しました。
『ワタシは、そうは思いません』
爪を立てて、王子の肌をえぐります。
『あなたと出会えて、喜ぶことの素晴らしさを知りました。嬉しいという思いを知りました』
血しぶきを浴びながら、二人は互いを更に傷つけます。
「私だって、あなたと出会って生きる喜びを知りました」
王子の棒が空を裂き、地面に重く叩きつけられます。
『――王子、ワタシはただ、あなたが好きだったのです』
「……私も、あなたのことが、ただ好きでした」
力なく投げ出された『怪物』の腕と、王子の棒。
二人は悟っていました。
これが、最後になるのだと。
とめどなく流れる血を拭い、霞む視界を切り開くように、二人は同時に踏み出しました。途方もなく長く、重い一歩を。
王子が高く棒を振り上げた時、『怪物』は王子の顔を見て初めて出会った時のことを思い出しました。牢に閉じ込められた王子に苦しいかと訊ねた時、「苦しい」と答えたあの時の顔と同じ顔を、王子はしていたのです。
振りかぶられていた『怪物』の腕は、一瞬だけ躊躇いを生みました。
けれどその刹那が、すべてを終わらせたのです。
火の粉となって崩れゆく『怪物』は、もはや起き上がる力さえ残っていない王子の体を、強く抱き締めていました。王子も、わずかな気力を以て『怪物』を抱き締めました。
数百年にも及ぶ、二人以外誰も知らない戦いが終わりました。
「……愛することが、こんなにも苦しいことだと知らずにいられたらよかったのに」
王子の手に力が入ります。
『ええ、苦しいです……けれどそれゆえに、ワタシたちは互いに愛し合うことができていたのでしょう……』
『怪物』の姿が薄れ、小さくなっていきます。
「こうして殺し合うことも、愛だったのでしょうか」
瞳を閉じて、王子が呟きます。
『どんな形であれ、ワタシはあなたが大好きでした。――愛していましたよ、王子――』
そして、『怪物』の存在は世界から消えました。王子を包むぬくもりも、優しさも、どこにもありません。世界中のどこを探しても、王子が大好きだった『怪物』はもういないのです。
そこにはただ、ひとつの愛の形が残っているだけでした。

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