一滴の決意

アメリカ、ニューヨーク。
マンハッタン島の南端に位置する、とある高層ビル。
徒の情報を収集し、フレイムヘイズらへ連絡を取り合う総務機関である、外界宿の総本部がそこにあった。
戦場から離脱したシャナたちと、合流した佐藤啓作、そして『大地の四神』の三人が集まっていた。
マージョリーと、戦場で合流した『鬼功の繰り手』サーレ・ハビヒツブルクが、複雑すぎるほど複雑な自在式をいじる傍ら、外界宿の使いとして活躍している佐藤が、各地からの連絡事項を端的に一同へ伝える。有益な情報などあるはずもなく、各所で迷走が起こっていることが発覚するばかりだ。
「これまでの情勢については了解した! では次に、我らの同志がなにを伝え、なにを託したか、改めて聞かせてもらうとしよう!」
『大地の四神』の一人、『群魔の召し手』サウスバレイが、シャナへ顔を向けて言う。
「あなたの提示する次なる戦いへの作戦案が、なにを目的とするのか……座して変容を待つ以上の意義を持っているのか……それを今ここで、確かめさせてください」
今にも涙がこぼれそうな弱弱しい声でつむぐのは、同じく『大地の四神』である『滄波の振り手』ウェストショアだった。
「我々の道は、既に戦う、と定まっています。ですが、轡を並べ共に戦うかどうかは、その限りではありません」
このニューヨーク外界宿の世話をしている、やはり『大地の四神』の『星河の喚び手』イーストエッジの言葉に、空気が張りつめる。
三人の圧迫感さえ伴う視線を受けて、シャナは立ち上がった。
センターヒルが教えてくれた、世界の真実。
存在の力が消失することによって歪みが発生するのではない。
本来あるべきではない状態になっていることが歪みを引き起こしている。
それは存在の力が潤沢な新世界であっても、同じこと。
いずれその歪みは積み重なり、狭間の嵐を、災厄をもたらす。
それは『大地の四神』が『世界』と呼ぶものに危機をもたらす。
センターヒルは、それが許せないからこそ戦うのだと言った。
ゆえに、シャナは立ち上がる。
彼の者との約束を果たすため。
なにより、彼女自身の私情のため。
すべてを理解した上で、サイスバレイが笑った。シャナの覚悟を、根拠を笑ったのではない。
「お嬢さん、あんたはどうも勘違いをしているようだ」
その言葉に、シャナは疑問符を浮かべる。当然、他の討ち手らも意味を理解できずに言葉の続きを待つ。
「私たちは、世間並みの、ご立派な、フレイムヘイズじゃあない。大仰に使命を説かなくとも、善悪から一歩引いて論じなくともいいのさ」
「私たちはこう思っているのです」
ウェストショアが続ける。
「神として契約し、悪霊として跋扈する“紅世の徒”……戦士として戦い、餌食として喰われる人間……これらの交錯は、太古より共に、この世や“紅世”や両界の狭間という『世界』を形作ってきた摂理の一部なのだ、と」
言葉は静かに、しかし力強く一同の胸を打つ。
「喰らい、喰らわれる。殺し、殺される。どこでも当たり前に起こっている『世界』の在り様……創造神による行いも、そのうねりの一つに過ぎないのだ、と」
そしてイーストエッジが凛とした声で告げる。
「だが、思ったからといって、唯々諾々と受け入れられるわけでは、ない。我々はかつて、我々の愛した大地を挽き潰さんとした『世界』のうねりと、戦ったのだから」
その後の言葉に、誰もが息を飲んだ。
「真理に照らして許せない、とここにいる我々が思ったのなら――戦うのだ」
『世界』をかけて戦ったことがある戦士らの言葉ゆえに、その重さは計り知れない。知れないながらも、十分に伝わってくる。
彼らの心が従う、『大地の四神』の基準の重さが。
彼らは決して、フレイムヘイズとして考えることはないのだ。
そういえば、とサイスバレイが唐突に訊ねる。
「結論の部分しか聞いていなかったが、彼の男は、実際にはどのような形で、戦う、という結論を口にしたんだ?」
シャナは一度目を閉じてから、一言一句違わぬように、思い出しながら言葉を紡いだ。
「……『我は、我が身を以て汝らを動かす雨の一滴と成った。そして汝ら、友よ……』――」
『大地の四神』はすべてをその身に染み渡らせるように聞き入っている。
「――『戦う、という決断は』――『そう、きっと間違っていない』――」
静寂が続いた。
誰にも破れぬ、静かな時間。
それを破ったのは、決意を持ってシャナを見つめた『大地の四神』でもなければ、シャナ自身でもなく、……控えめなノックの音だった。

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