作戦の撤回

もはや、当初予定していた『引潮』作戦が実行不可能であることは誰の目にも明らかだった。
「前提としての確認ですが、我々は戦場で完敗しました。ゆえに、ここに陣を布いて追撃を食い止め、可能な限り兵団主力を『天道宮』に収容する――という既定の作戦は、放棄します」
改めて確認しなければならない、辛い事実。しかしゾフィーははっきりと、力強く言った。
「兵団は、軍と呼べるだけの員数……否、軍としての組織自体を喪失したわけですからな。仮に我々が『天道宮』で敵包囲を脱し得たとして、損害は補いようのない大きさになるかと」
彼女の契約者である“払の雷剣”タケミカヅチの言葉も、また事実。ここに集まっているフレイムヘイズは五十にも満たない。司令官たる二人に告げられた現実に、何人かの討ち手は暗い雰囲気になる。
「今、私たちがおめおめと『天道宮』に逃げ込めば、本当にそうなるでしょう。でも、そうはさせません」
しかし、ゾフィーの言葉は彼らが予期していたものとまるで違っていた。頬を引っ叩かれたかのように、顔を上げる。
「ここに残った強靭な面々は、それにほんの少し劣っただけの、他の討ち手たちを逃がすために命を張る側となります」
消えてしまったかのように思えた、彼らの心の炎が小さく灯る。
「我々の戦いは、今この時で終わってしまうわけではありません。これまで『仮面舞踏会』が為したことを誰かに伝え、これから創造伸が為すことを探り、妥当性と可能性の範疇において阻止を図らねばなりません」
貴方たちならわかるはずです、と“戦士”としてのフレイムヘイズに語りかける。その響きに、心の炎が燃え上がった。なぜなら、彼らはそうして戦うためにいるのだから。
「戦場の方角に逃げなかった者たちは、包囲の中に在りつつも、まだ生きています」
「その人たちが運よく我に返れれば……」
シャンディアの言葉に、ゾフィーが頷く。フランソワが自在法で連絡を取るかと尋ねるが、効率が悪いと断る。かといって馬鹿正直に誘導すれば徒たちの目に留まらぬわけもなし。
時間にして数分、感覚にして数十分の時間で新たな作戦が練られた。
徒を少しでも多く屠り、フレイムヘイズを少しでも多く回収し、今ここにいるメンバーも含めてこの戦場から脱出を図る。『三柱臣』をはじめとする多くの歴戦の徒を相手にして、かつその眼を何重にも欺かねばこの作戦は成り立たない。そのための、緻密な計画。
作戦の要は、ザムエル・デマンティウス。そしてシャナとヴィルヘルミナ・カルメル。
互いに士気を高め、確かめ合ったあとで、その様子を見ていた一人の傍観者が口を開いた。
「皆さん、最後にひとつ、伺ってもよろしいでしょうか?」
「事ここに至ったからこそ、尋ねておきたいことがあります」
力を貸すでもなく、邪魔をするでもなく、ただそこにいて、この戦いを見ていた――『大地の四神』と呼ばれる太古のフレイムヘイズの一人である、『皓露の請い手』センターヒル。右とも左とも言わなかった彼が今、動き出そうとしていた。

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