作戦の開始

圧倒的に不利な立場へと追い遣られたフレイムヘイズ兵団であったが、その総司令部ではこの緊急事態に対し迅速な会議が開かれていた。
総司令官ゾフィーと、シャナら五人の討ち手が中心となって事前に決めていた作戦の確認をする。
「ぶっちゃけてしまえば、大規模撤退ってことでしょ」
「とはいえ、容易じゃないことは確かね」
最悪の事態を想定して考え出された、撤退作戦『引潮』。『星黎殿』と『天道宮』の特性を利用した作戦である。ヴィルヘルミナたちがシャナ救出のために使用した、二つの宝具によって生まれた通路を再び利用しようというのだ。
「ええ。それでも、やらなければならないわ」
ゾフィーの言葉に、もちろんわかっていると伝えるようにシャンディアは頷いた。
徒たちが戦線を張っている南北、及び彼らの救援部隊到着が考えられる西は使えない。従って、残された退路はただ一つだけ。
「目指すは『天道宮』を隠した、東」
ヴィルヘルミナの言葉に、全員が声ではなく態度で返事した。
作戦に必要な東部に要塞を築き、徒からの攻撃を凌いでいる最中のザムエル・デマンティウスへも連絡を取り、作戦を開始することを告げる。彼らの役目は、非常に困難かつ重要な時間稼ぎであることも。
《了解した。では、そちらに行った五人の内、二人は回してもらいたい》
「では『炎髪灼眼の討ち手』と『万条の仕手』をそちらに」
ちらりとシャナたちに目をくれてから、ゾフィーはザムエルに答える。戦力の配分と相性を検討した結果だろう。すぐに通信は切れた。
「――カムシンとシャンディア、レベッカを中核とした、総員による逆撃を敢行します」
いよいよ、作戦が始まる。
「先遣隊を撃退し次第、当出城を放棄。進路を北東の山中に取ります。ザムエルの守る堡塁の後背に到達したら、今度は彼の撤退を援護する陣を布きます。よろしいですね?」
全員の返事が、作戦開始の合図となった。

出城に総攻撃をかけて有象無象に壁を登ってきた徒を、飛び立つシャナの紅蓮が焼き焦がした。この場の司令官であろう駱駝に乗った徒が目を見開く。彼は、これからフレイムヘイズたちが逆撃しようと構えていることなど露ほども知らない。ゆえに、褐色の火の粉に気付くのが遅れた。
「――っうぉ!?」
城壁によって構成された巨大な掌に包まれていき、胸壁の上半分でもって、巨人が組みあがっていく。
容赦なく握られた拳に押しつぶされて洗朱色の炎が消えた。しかし、カムシンは手ごたえのなさに違和感を感じる。確認しようと手を開いた彼の前に、駱駝にまたがる洗朱色の炎の持ち主が現れる。閉じていく『カデシュの心室』目がけて弓を引き絞り、放つ。
けれどそれは、桃色の炎弾によって爆ぜた。
「へっ、さすが部隊長ともなると、小器用な真似ができんじゃねえの」
「や、御両所には、要らぬお世話だったかな?」
レベッカとバラルがカムシンに声をかける。
「ああ、そんなことはありませんよ、助かりました」
「ふむ、生身での対処は億劫じゃしの」
そう返すも、対処できなくはないのだ、と余裕を見せつけているようにも取れた。事実、面倒なだけで危機感は欠片も抱いていなかったのだ。
「役割分担するのが、効率いいんじゃないかな」
「適材適所ってものがあるものね」
巨人の肩に立って、『テカポの星』を落とすシャンディアとルファナティカの言葉に続くように、レベッカがあちこち飛び回りながら炎弾を放つ。
「そういうこった!」
『カデシュの心室』を瓦礫で覆い尽くした巨人は立ち上がる。巨大すぎる掌を打ち下ろし、またも徒を押しつぶす。再び逃げ出した駱駝乗りの司令官を何度も追って掌を振り下ろし、そのたびに徒側の戦力を大幅に削り取っていた。隙間を縫うように城壁へ辿り着いたものは、レベッカやシャンディアによって攻撃を受けている。
屈強な三人の討ち手によって周囲の供連れをすべて撃ち落とされた司令官は、それでもなお果敢に立ち向かってきた。カムシンが伸ばした手を縫って進む――が、しかし、容赦ない露草色の本流とレベッカの踵が頭部を貫き、洗朱色の火の粉を散らした。
「総員、前へ――殲滅せよ!」
その時、ゾフィーの凛とした声が響き、一斉にフレイムヘイズらが飛び出してくる。声もなく静かに殲滅戦を繰り広げる彼らに、弱りに弱った徒たちはなすすべもなく消されていく。
(……虚しい光景ね)
その様を見ながら、シャンディアは手を止めずに思う。心の声が聞こえているはずの相方からは、珍しく何の反応もない。
「進路、北東――駆け足!!」
ほどなく徒を殲滅した一団は、ゾフィーの命令によって動き出す。この砦を棄て、ザムエル率いる北東部の砦を目指すのだ。
『儀装』を解いたカムシンとレベッカが駆ける隣を、シャンディアは『ヴェネツィアの舟』で進んでいく。

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