挟間の最期

“祭礼の蛇”本体が目覚めたことは、『詣道』にいるシャンディアたちにとって、容易に知れる事実だった。厳然として確固とした、紛れもない真実。天地がひっくりかえっても変えられないどころか、この出来事の衝撃そのものがまさに天地が逆になったとでも言うべきものだった。
(なんだかんだ、あれでも代行体だったのね)
(存在の力が、先ほどまでとは比べものにならないわ)
遠く、おそらくはシャナが再会しているであろう、“坂井悠二だったもの”を思う。
カムシンたちがわかっていることだから、当然サブラクも理解していた。そして彼は、未だ戦い続けるフレイムヘイズたちを困惑の様相で追っていた。
「決した戦いを続けることに、なんの意味があるというのだ。俺という存在の大きさにお前たちは屈した」
唯一『スティグマータ』を負っていないシャンディアを執拗に狙いながらも、その攻撃は先よりも精彩を欠いている。攻撃を加えてはヴィルヘルミナのリボンで反撃を回避し、カムシンやレベッカがまた攻撃を加える。それは、いつまでも続くかのように思えた。
「これが誤りのない事実であるというのに、なぜ、抗うのだ」
シャンディアは飛んできた茜色の炎を露草色でかき消して、瓦礫の中へ隠れる。
近づいている強大な存在の力をひしひしと感じながら、次なる一手を考えている時。
それはあまりにも唐突に、来た。
(ああ、なんという)
一瞥をくれたカムシンが。
(作戦失敗どころじゃないわ……)
その“速さ”に驚くシャンディアが。
(あれが『仮装舞踏会』の盟主)
リボンを幾条も伸ばすヴィルヘルミナが。
(挟間に追われた創造神“祭礼の蛇”か!)
拳を強く握ったレベッカが。
世界と紅世の挟間である果てしないこの空間を打ち砕きながら、うねりながらやってくる、黒い蛇身を見た。
――その姿に畏怖と尊敬さえ抱かせる、まさに神と言うべき存在。
フレイムヘイズであることすら忘れかけて“祭礼の蛇”を見つめた四人は、しかしすぐに自らの使命と存在意義を思い出して我にかえる。
「起動」
「カデシュの血脈、展開」
真っ先に動いたのはカムシンだった。その場に刻まれていたカムシンの自在式がいくつも弾けて、サブラクが自身を染み込ませていた土台が崩壊する。
ヴィルヘルミナが白いリボンを“祭礼の蛇”へ、挟間に取り残されないよう巻き付けた。
“祭礼の蛇”が砕いた世界の欠片を炎で消しながら、シャンディアは呆然と創造神を見上げる強敵を見た。
「なんという、大きさ――」
レベッカの炎弾をくらい、その身を散り散りにしながらも、感嘆と尊敬をもって蛇身を見送るサブラク。ヴィルヘルミナたちが苦戦した相手とは思えぬほど、呆気ない散り際だった。
ベルペオルの助けを断り、自ら消えゆく挟間の世界に残る。
シャンディアたちは、薄れゆく茜色の火の粉を眺めきらずに黒い蛇身に上った。その最期を見ていなくとも理解していた。完全に治癒するだけの時間はないが、彼につけられた『スティグマータ』の威力がなくなったのだ。
しかしなんにせよ、彼らフレイムヘイズがすべきことは変わらない。
「不利には違いないけど……」
「ああ、五分といったところでしょうか」
挟間の世界に漂っていた、戦士のなれの果てである鳥のようなものがシャナたちを援護する。シャナは悠二と刃を交え、カムシンたちは三柱臣の攻撃を避けている。
もはや命を賭して戦おうとも、覚醒した創造神を止めることはできない。それでも戦う理由は、フレイムヘイズという存在であって、徒という存在であるからだった。
(命を賭けても肝心の創造神が止まらないんじゃ、わたしたちもここで消えるわけにはいかないわね)
自分一人ならまだしも、カムシンをはじめとする歴戦のフレイムヘイズをここで失うことは、『神門』の外で戦っている同朋たちを苦境に立たせるだけだ。勝てずとも死なない戦いをしなければならない。
そしてこの旅路も終わりが近づいていた。
鳥たちがシャンディアらに近づき、背中に乗せて蛇身を追い越すように羽ばたく。途中、悠二と抱き合うように切り結んでいたシャナも回収し、五人は誰よりも先に門をくぐった。
(……ああ、)
『神門』を越える寸前、鳥たちは人の形をとり、五人の手を取って、背中を押して世界へ送り出した。その仕草はまるで何かを渡し、託すようだった。
遥か昔に交わした挨拶の仕草をとるひとがたを見て、シャンディアは胸が締め付けられるような思いを抱いた。彼らは、かつての仲間であり、友であった者かもしれないのだ。
「カムシン」
過去を振りかえることはせずに、けれど彼らをしっかりと見つめ、シャンディアは傍らの人物へ呼びかけた。
「……シャンディア、」
そのあとの言葉は呑み込むように、しかし常ならば決して呼ぶことのないシャンディアの名前を、いつもの無表情を少しだけ悲しげに歪めて、カムシンが告げた。

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