出立の城塞

カムシンは翌朝、ヴィルヘルミナ宅へ訪れた。当然、宿泊していったシャンディアもいる。吉田と話したあと、街の調律を見て回っていたという。
「それなら私にも声かけてよね」
「ああ、貴女には『万条の仕手』の話をきいておいてほしかったものですから」
そんな言葉を交わしながら、三人のフレイムヘイズは旅支度をし、御崎市駅に向かって歩いていた。
「おはようございます」
駅に到着すると、吉田と、マージョリーの神器『グリモア』を抱える田中がいた。
「おはようございます」
「送別恐縮」
「ああ、わざわざのお見送り、ありがとうございます」
「ふむ、良い気分で出かけられるというものじゃの」
「朝からありがとう」
「嬉しい気遣いに感謝するわ」
それぞれに礼を述べて、互いをしっかりと見る。
田中が携帯で時刻を確認して、一応の報告をする。
「さっき、佐藤から電話があって、あと一時間ほどでこっちに到着するってことですが……結局、間に合いませんでしたね」
田中は残念そうだが、抱えられた巨大な本からは、次の機会にという単語が零れた。
(……次、か)
(どうかして、シャンディア?)
(……ううん。気にしないで)
厚く礼を述べるヴィルヘルミナと、数か月の間に逞しく成長したらしい少年少女とのやりとりを見ながら、シャンディアは軽く頭を振った。
「ああ、では、参りましょうか」
「あ、そうね。レベッカも待ってることでしょうし」
カムシンの言葉に頷くと、ヴィルヘルミナも小さく頷いた。カムシンは既に改札へ向かっている。後を追いかけようとしたシャンディアは、吉田が息を吸い込む瞬間を見た。
「カムシンさん!ベヘモットさん!」
とても第一印象からは考えられないほどの大きな、はっきりとした声で吉田は告げる。
「私、考え続けます!なにかを見つけるまで……見つけて、なにかができるまで!」
シャンディアにはわからない、昨日の話だろう。
カムシンは振り返らずに片手を振って、改札の向こう側へ消えて行った。

暗い、砂浜に人影が立っている。街灯もなく、星明かりもない、潮風の香りだけが渦巻く空間だ。
「遅えっ!!なにやってんだヴィルヘルミナの奴ぁ!?」
最も背の高い人影が吠えるように言った。『輝爍の撒き手』レベッカ・リードである。そしてその契約の王たる“縻砕の裂眥”バラルがたしなめる。
「まだ始めてから三十分も経っていないよ」
「こんな暗い夜、海の中を捜索するんだからね。すぐには終わらないよ」
「なら、なおさらオレたちも手伝った方が良かったんじゃねえのか?」
レベッカの隣で砂浜に腰を下ろしているシャンディアの言葉に、短い髪を苛立たしげにかき回した。その様子を見たシャンディアが反対側に立つ少年を見上げると、少年は淡々と口を開いた。
「ああ、とはいえ、あそこは彼女が長きに渡って暮らしてきた、故郷の一つと言って良い場所です。一人で行く、と言った心情を、ここは察すべきでしょう」
「はいはい、待ちゃいーんだろ」
古老のフレイムヘイズであるカムシンの言葉に反論する言葉もなく、またそれが正論だと理解できるが故にレベッカは鼻を鳴らして視線を真っ暗な水平線へ戻した。
しかし、その数秒後。
「遅ぇな」
レベッカは痺れを切らした。
(『天道宮』……こんなものが沈んでいたなんてね)
噂には聞いていた、空中要塞の一つ。『三柱臣』らが拠点とする『星黎殿』と似たようなものだが、これらそのものは宝具ではない。
再びレベッカが口を開こうとしたその時、海中から巨大な膨らみが現れた。見えない球体が海面を押し上げ、たっぷりと海水をまき散らす。
「おお!」
「……!」
「すごい……!」
カムシンでさえ目を見開き、三人は驚きながら見えない物体を見ていた。
やがて、ゆっくりと長い宮橋がおろされてきた。無論、なにもない中空から。

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