霧雨の再会

「“彩飄”フィレスに“壊刃”サブラク、それに『三柱臣』?次から次へと、よくもまあ集まるのね」
調律後、数か月の間訪れることのなかった街へ再び訪れたシャンディアは、呆れながら呟いた。この街を去ったときと同じように、霧雨が降っている。
「ああ、まったく……何かがあるとしか思えません」
雨合羽に大きな棒を担いだ少年、カムシンも、珍しく嘆息したような調子だ。
人々から向けられる奇異の目も気にせず、二人はある人物のもとへ歩きだした。
「それでルファナティカ、ゾフィーは何て?」
世界中を歩きまわるカムシンたちは、あまり他のフレイムヘイズとは連絡を取り合うことはない。しかし古い付き合いである友人とは、しばしば連絡を取り合うこともある。数百年前の大戦でフレイムヘイズの指揮をとっていた『震威の結い手』ゾフィー・サバリッシュも、友人の一人である。
「創造神“祭礼の蛇”が、代行体をたてて復活したそうよ。彼ら『仮面舞踏会』の目的は、創造神本体の復活でしょうね」
遥か昔、フレイムヘイズたちが命をかけて世界から放逐した、紅世の創造神“祭礼の蛇”。詳細はシャンディアはもとより、カムシンでさえ知らない。
そのカムシンが雨合羽のフードを少し下げると、彼の左手に巻きついている神器『サービア』から、契約者であるベヘモットの声が響く。
「ふむ、そしてその代行体が……」
後ろを振り仰ぎ、今しがた出てきた駅の名前を見ながらカムシンが続けた。
「『零時迷子』坂井悠二、ですか」
二つの大きな存在の力を感じながら、シャンディアは深く息をついた。一つはひどく不安定で、今は関わってもどうにもならないだろう。もう一つは、以前御崎市に訪れた時にはなかったものだが、懐かしいものだった。
(シャナの気配も、ミステスの気配もない……存在の力は落ち着いているのに、街の空気がなんだか嫌な感じ)
(創造神の名残、かしら)
存在の力を手繰るのをやめ、シャンディアは数歩前を歩くカムシンの後を追った。しかしカムシンの歩みがゆっくりになるにつれて、怪訝そうに顔を上げる。
まるで気が付かなかった、歩み寄ってくる姿に思わず驚く。
そして人影は口を開いた。
「お久しぶりです、カムシンさん、シャンディアさん」
そう言って、吉田一美は微笑んだ。
「夏以来だから、半年振り、でしょうか」
「ああ、この街に来たのは七月下旬ですから、それくらいになりますね」
「ふむ、儂らとは二度と会わぬよう願っておったのじゃが……」
「こっちから出向くなんてね。間抜けな話で申し訳ないわ」
吉田は口を開きかけたが、一度言葉を飲み込み、四人が再び御崎市へやってきた理由を尋ねた。
「ヴィルヘルミナに伝言を持って来たんだけれど……」
「ああ、我々フレイムヘイズの総司令官には、別の思惑があったようですね」
ヴィルヘルミナ……『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメルと直接話をしていないために分からない部分もあるが、おおよその話は聞いている。即ち、創造神となった悠二が、シャナを連れ去ったこと。
『三柱臣』の思惑も判然としないが、それ以上に天罰神とその契約者がフレイムヘイズとして戦える陣営にいない状況が苦しいのだ。しかしそう簡単に敵陣へ乗り込むことはできないため、ゾフィーは公にフレイムヘイズを動かさず、私的にシャナを奪還するのなら止めはしない、という姿勢を取った。
「そう、ですか……」
先程から何か言いたげにしている吉田の横顔を見て、シャンディアはひとり立ち止まる。
「カムシン、先にヴィルヘルミナのところ行ってる」
「ああ、それなら私も……」
「話したいことがあるからいいよ」
ちらりと吉田を見て微笑むと、吉田は小さく会釈した。
カムシンは「ああ、それならば」とフードを引き下げ、シャンディアは二人と道を違えて歩き出した。

「『罪科の秤り手』だけでありますか?」
シャンディアが無事にヴィルヘルミナのもとへたどり着いたとき、驚いたように尋ねられた。いつもカムシンと一緒にいるからこその問いだろう。
「先に来たの。中でゾフィーの伝言と、こちらの状況を話しましょうか」
「そうでありますな。どうぞ」
中へ案内され、シャンディアはソファに座った。生活感に乏しい家だが、皆無ではない。机の上に、今まで目を通していたのだろう書類や手紙が広がっている。
(この二人が行動を別にしているとは、珍しいこともあるのであります)
(珍事驚嘆)
心の中で自身の契約者と言葉を交わし、シャンディアの様子をうかがいながら、ヴィルヘルミナは話を聞き、シャンディアの話が終わると、今度はヴィルヘルミナが話し始めた。
「そういえば、『ヒラルダ』という宝具に聞き覚えはないでありますか?」
「情報不足」
ふと思い出したような質問に、少し考えてから首をひねる。
「ごめん、ないわ。それがどうかしたの?」
「ああ、いえ……」
言葉を濁し、説明に躊躇する。吉田が“彩瓢”フィレスから託された宝具だが、それは自身の存在の力によってフィレスを呼び寄せる、というものだった。どんな狙いがあるのか、そして本当にそれだけの効果なのか、知る術はない。
ヴィルヘルミナは、怪訝そうなシャンディアの視線から逃れるように立ちあがり、紅茶を淹れに台所へ立った。

カムシンの訪問を待ちながら情報を交換していたが、結局カムシンは現れず、一夜が明けた。

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