王子の物語

私は『怪物』に看病され始めてから、数日ぶりに笑い、生きていることを感じました。それまでは誰とも言葉を交わすことなく、私は既に死んでいるようなものだったからです。
『怪物』は、人間そっくりの姿をしていました。
今までは『怪物』というだけで恐れられたからこの姿をしているのだといいましたが、私は恐ろしく感じませんでした。
それは、昔の父上や母上から感じていた、あのあたたかさを『怪物』からも感じたからです。『怪物』はあたたかい存在だったのです。
『怪物』は、兵士たちがいない合間にやってきました。そして私の髪を整え、話し相手になり、私の瞳を美しいと言ってくれました。
そのおかげで、食べることができなくなっていた食事も摂ることができるようになり、少しずつ、生きる意志がわいてきました。
『怪物』はずっと私を、私たちを、この国を見てきたと言いました。
牢で過ごすようになってしばらく経ちましたが、私は心身ともに健やかでありました。『怪物』はずっと私を訪ねてくれていました。
いつしか私は、あたたかい『怪物』に心ひかれていったのです。

私は変わらず『怪物』とともに過ごしていました。
しかしある時、継母が私に刺客を差し向け、とうとう私を殺そうとしたのです。私が怪我を負ったとき、あの『怪物』が現れ、刺客を食べてしまいました。
私には何もわかりませんでした。ただ、『怪物』は確かに刺客を食らったのです。
そしてそれは、刺客だけに留まりませんでした。
『怪物』は兵士を、国民を、食らうようになりました。私はやめるように言いましたが、いつも同じ答えが返ってきました。
『王子のためです』と。
私は人間でした。『怪物』のことは大好きでしたが、それでも、非力な人間でした。
国が、世界が崩壊していく有様を感じながら、私は『怪物』がやってくるのをそれでも楽しみにしていました。
ある日から、『怪物』は来なくなりました。
そして国中から兵士が集められ、投獄されていた私さえ、戦場へ赴くことになったのです。
父上と話すことができると思い、久しぶりに出た地上は悲惨でした。私の大好きな『怪物』がやったことだとは、とても信じられませんでした。ですが『怪物』は人を食らっているのです。認めないわけにはいきませんでした。
心から『怪物』を止めたいと願っていました。
最後になってもかまわないと思いながら、父上に会いました。父上はただ一言、「行け」と言いました。私が頷いたその時、『怪物』が、父上を襲おうとしたのです。
頭の中が真っ白になって、無我夢中で間に割り込みました。
父上は無事でした。『怪物』は『なぜ』と言いました。私はすぐにでも死んでしまいそうな傷を抱え、それでも『怪物』を止められていないことを理解し、悩みました。
その時、声が聞こえました。頭の中に響く、老人の声です。
『人間としての全てを捨てても、力が欲しいか』
『怪物』を止められるなら、何だっていいと思いました。
『その命、尽きることなく続くとしても良いか』
父上を守れるなら、それでもいいと思いました。
『ならば、契約を――』
目を開いた時、何をすべきかわかっていました。
私は『怪物』を国から退けることに成功しました。国を守ることができました。
「父上、ご無事ですか」
私が声をかけると、父上は怯えた眼を私に向けて言いました。
「お前のような『怪物』など知らない。お前は誰だ」
私は、父上に、国民に、存在を忘れられたのです。

私は国を捨て、『怪物』を追うことを決めました。『怪物』を止められるのは私だけだと思ったからです。その決着がどちらかの死を以てするとしても、やりとげなければならないと思いました。
なぜなら私は、『怪物』が大好きだったからです。

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