離別の餞別

夏には少し早い時期の早朝、夜通し降り続いた霧雨が続いている。数日前のお祭りで使われた様々なものが河原に打ち捨てられ、未だ片付けられもせずにある。
「ああ、朝早くからすいません」
いくつかの傘が並ぶそこへ、少年らしさのない声が響いて、人影が振り返る。
炎髪灼眼の討ち手をはじめとする、今回の関係者たちだ。
「……もしかして、待たせたかな?」
「ああ、とはいえ、ほぼ時間通りではあるのですが」
揃いの雨合羽に身を包んだカムシンとシャンディアが、そばにある時計を見上げた。
「おや、おじょうちゃんはまだかね」
カムシンの契約者であるベヘモットの言葉で、先に来ていた一同が初めて気が付いたように辺りを見回した。
約束の時間まで、あと二分もない。
「お、遅れてすいません!」
来ないのだろうか、と悠二が考え始めた時、遠くから当の吉田の声が沈黙を打ち破った。チェックの柄の傘のように、その表情は明るい。……先日、世界の真実を知ってしまったとは思えないほどに。
「す、すいません――昨日の夜、お母さんが、これ、勝手に片付けちゃって――探してたら、こんな時間に」
息を整えながら吉田が軽く持ち上げたのは、防水の紙袋だ。
(……落ち着きが出た、かな?)
(彼女、変わったようですね)
数日前とは雰囲気のどこか異なる吉田に対し、シャンディアは心の中でルファナティカと言葉を交わす。
「ああ、構いませんよ。時間は……」
「丁度、だしね」
カムシンの言葉に、いつも通りシャンディアが続ける。見上げれば、時計はまさに約束の時刻を示していた。
「でも、カムシンさんたちは」
「?」
突然の呼びかけに、カムシンは少しばかり怪訝な風を見せる。
「もし私が遅れていたら、待たずに行ってしまったんじゃありませんか?」
「……」
的確な理解に、珍しく沈黙で肯定と驚きを表現する。ベヘモットの反応も不分明なもので、シャンディアはも苦笑いを浮かべている。
(今までより、こっちの方がぐいぐいくるね)
(シャンディア、あなたこういう方が気に入るんじゃない?)
そうね、と短く答えて、シャンディアは吉田を見つめた。
「せっかく一日、街を出るのを待ってもらっていたんですから……」
はにかんだ吉田の顔は、以前と違い、シャンディアに好感を抱かせた。
「ああ、気にされることはありません。どうせあの騒ぎの後に、悪影響が残っていないか、見て回るつもりでしたから」
「今までの影響も、確認できたしね」
シャンディアがちらりとマージョリーに視線を流すと、彼女はそっぽを向いた。
それに気付くこともなく、吉田が持っていた紙袋を持ち上げ、カムシンに差し出す。
「これ、本当につまらないものですけど、お二人に」
シャンディアとカムシンが顔を見合せて、小さく頷いたカムシンが受け取る。
「ああ、これはどうも」
「これ、今開けても?」
シャンディアの問いに、吉田は頷く。
取りだされたのは、空色のリボンが巻かれたシンプルな麦藁帽子と、赤と金色の鮮やかな髪飾りだった。
二人はそれぞれ、貰ったものを手に数秒間じっと見つめた後、腰を折った。
「どうもありがとう。大事にします」
「ありがとう、すごく嬉しい」
相変わらず無表情なカムシンに対し、シャンディアは少しはにかんで見せた。初めて見せた笑顔に、吉田も笑みを浮かべる。
シャンディアは早速、新しい髪飾りに付け替える。それを見たカムシンも、霧雨の中無造作に雨合羽の帽子を下ろし、麦藁帽子をかぶった。
「ふむ、少しは男前が上がったかの」
「はい、かわ――かっこいいです」
吉田の言葉にカムシンは頷くと、思うところあるのか、麦藁帽子の角度をいじっている。その姿だけ見れば、歳相応の子どもにしか見えない。
「それとカムシンさん、お借りしてた『ジェタトゥーラ』……お返しします」
ポケットから取り出したそれを手渡すと、カムシンは麦藁帽子を脱いで紙袋に仕舞い、それを受け取った。
「カムシン」
「ああ……では」
シャンディアが声をかけると、カムシンは相変わらず平坦な声で返事をした。
「我々には、色々とするべきことがありますので」
それが今回の後処理関係であり、御崎市に徒が集中する異変についてであることは、フレイムヘイズではない彼らにも自ずと知れた。
「ああ、もう、助言は不要ですね。私たちに二度と会わないよう」
「ふむ、そしてそこで幸せになれるよう、願っておるよ」
「あなた、今の方がいいと思うわ」
「もっと自分らしくね」
そうして、二人にして四人は最後に口を揃えた。
「ありがとう、吉田一美さん」
雨の中歩き出した二人を、しばらくの間、一同は黙って見送っていた。

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