若人の悩み

カムシンが知りうる全てを悠二に説明し、シャンディアが数点補足すること数分。悠二はあっさりと口を開いた。
「いちおう、思いつきはしたけど……」
「ああ、そんな、簡単に?」
「ふうん…」
カムシンは少しばかり驚いた様子を見せたが、シャンディアは相槌をひとつうつだけだった。
悠二はその反応に口を閉ざし、どこか躊躇いながら視線をさまよわせていた。
「……」
誰からも口を開かない。カムシンやベヘモットも、悠二に発言を強制するつもりはないようだ。裏を返せば、それは最終的に、悠二が自発的に発言しなければならなくなるとわかっているからだった。悠二の方も、そんな空気を察して沈黙を守っていた。
「ああ、お嬢ちゃんが、関係しているのですか」
口を開きかけた悠二が、虚を突かれたようにカムシンに非難の視線を寄越す。当然、軽く流して続ける。
「ふむ、それはどうしてじゃね」
ベヘモットの言葉に再び思考を始めた悠二を見て、シャンディアはため息をつく。
(苦悩が、まるでわからないわけじゃない)
そうは思ったが、
(私は、坂井悠二が嫌いだな)
眉をよせて、シャンディアはそっぽを向いた。
完全に会話を任されたカムシンが、少しの間考えてから、ぽつりと口を開いて訊ねる。
「ああ、お嬢ちゃんを巻き込みたくないのですか?それは、どうしてです?彼女を恋愛対象として大切に思っているからですか?」
「な、なんでそんなこと……」
いきり立つ悠二はベヘモットがたしなめる。
「ふむ、この場合は割と重要な問いのようにも思えるがのう」
再び、沈黙と思考。
シャンディアが一度カムシンに視線をずらすと、偶々目があったカムシンが、不思議そうに首を傾げた。
「……吉田さんは、優しい人なんだ」
ゆっくりと、噛みしめるように悠二は紡ぐ。
「いくら一度巻き込まれたからって、また、こんな惨いことしかない世界に、覚悟もないのに連れ込むようなことはしちゃいけない人なんだ。できるのなら、元の世界に…」
(…やっぱり、お嬢さんを見誤ってるか、ひどく偽善的なだけだ)
シャンディアは再度厳しい評価を下し、悠二の続きを待つ。
「…僕が零れ落ちてしまったあそこに、いるべき人なんだ」
「ああ、シャナ、と呼ぶあの少女は違うのですか?」
意外な質問だったのか、悠二は戸惑いながらカムシンの真意を探る。しかし、フードの下に隠れた表情に何か読みとれるはずもなく、諦めて質問に答える。
「シャナは、違うよ」
答えそのものは確固としているように断言した。
「シャナは、フレイムヘイズなんだ。彼女があの生き方を選んで、そこで強く、そうあるべきだと信じて立っている。彼女は、あの生き方をする覚悟を持って進んでいるんだ」
答えながら、しだいに悠二の表情がはっきりとしてきた。自身の中でもやがかかっていたものが晴れたように。
そして突然かけられた声に振り返る。
「シャナちゃんっていうのは、ゆかりちゃんのことですか?」
悠二の背中に声をかけたのは、吉田一美だった。クラスメイトであり、友人であり、人ならざる者の方程式が、悠二が望まずして彼女の中に成立してしまった。
「あっ!さっきから変な質問ばかりすると思ったら…!」
悠二が気がついてカムシンに向き直ると、カムシンは小さく喉を鳴らした。
「ああ、さすがの『零時迷子』のミステスも、人間の気配を察知することはできないようですね」
「ふむ、儂らのせいで悲しい目に遭わせてしまった、ほんの罪滅ぼしじゃよ」
付け加えたベヘモットとカムシンを見て、シャンディアは別の意味で息を吐いた。

(茶番だ)
吉田と悠二のやり取りを醒めた目で観察しながら、シャンディアは心の中でこぼした。
(人間だもの。貴女にだって人間らしい時期があったのではないかしら?)
(……)
ルファナティカの声に、シャンディアは黙りこくる。
「……吉田、さん」
「…ああ、さて、同意が得られたところで、話の続きをしたいのですが」
「時間もないことだし」
空気を読んだ上で、雰囲気を丸ごとぶち壊したカムシンに続く。
吉田は慌てて悠二の手を振り払う、顔を真っ赤にして俯く。
「す、すいません!」
「……」
悠二は睨みつけるようにカムシンに視線を送っていたが、それは「お前は嫌いだ」と込められているような視線だった。カムシンは気にする風もなく、二人に背を向ける。
(……茶番だ)
(…否定できないわ)
一人にして二人は、そっとため息を吐き捨てた。

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