初春の行事

「なんか、すごく華やかな雰囲気だね」
「ああ、そうですね」
人ならざるモノを討滅するフレイムヘイズである、カムシン・ネブハーウとシャンディアはどこか浮き足立った様子のヨーロッパの街中を歩いていた。
甘い香りが立ちこめ、カラフルなリボンで店頭を飾った店が並ぶ。
「セイント、バレンタインデー…?」
そのうちの一つの前で足を止め、シャンディアが呟いた。チョコレートが全面に押し出されている。
「そういえばそんな行事もありましたね」
「ふうむ。そうじゃの」
契約者たちが、相変わらず人の目を気にせずに喋り出す。カムシンひとり、いまいち趣旨が解っていないように首を傾げている。
「ああ、それはどのようなものなのですか?」
「あれ?カムシン、興味ある?」
「ああ、多少ですが」
珍しく使命以外に興味を示したカムシンを見て、シャンディアやベヘモットは驚いた。
幼い容姿なりに気になるものがあるのだろうか、とも思ったけれど、クリスマスやハロウィンには目を向けなかったところからすると、そうではないようだ。チョコレートが好きだという話も聞いたことがない。
「まあ、簡単に言えば昔ある人が亡くなって、その人に由来してる記念日、だったかな」
「現在は、男女の親睦を深めたり確かめたりする行事になっているのだったかしら」
ルファナティカが補足する。そうそう、とシャンディアは頷き、目の前の店舗を指差す。
「この日は、男女がお互いに贈り物をするの。チョコレートみたいにお菓子が多いけど、花束もあるよね」
そう言われ、カムシンが周囲を見回す。確かに、仲むつまじく歩く男女の手には、紙袋や花束が握られている。道端で、まさに今贈り物をしているところを発見し、カムシンはやっと理解した。
「ああ、子細はともあれ、贈り物をする日、ということですか」
「ざっくばらんに言っちゃうとね」
苦笑いしながら、シャンディアが同意する。
あ、と何か思いついたように、シャンディアがカムシンに少し待ってるよう言い残して人混みの中に紛れていく。
「ああ、どうかしたのでしょうか」
「……ふぅむ」
本気なのか冗談なのかはかりかねつつ、おそらく前者であろうとベヘモットは口を閉ざした。
しばらくすると、人混みの中から目立つ赤い着物の裾が現れ、シャンディアが戻ってきた。袖に隠れた手に何か持っているようだ。
「カムシン、すごく見つけやすい」
笑いながら、通行人が視線を向ける宝具メケストを指差す。確かに、人々から抜きんでている。
「それではい、これ」
「?」
シャンディアが紙袋を手渡すと、カムシンはそれを不思議そうな顔で受け取った。シャンディアを伺ってから紙袋の中をのぞき込んで、あるものを手に取る。
「せっかくいつもお世話になってるからさ」
それは、小さな包みに入ったクッキーだった。小さく、様々な形をしている。
「ああ、…良いのですか?」
「もちろん」
「…相変わらず鈍いのですね」
「ルファナティカ」
シャンディアの言葉に包みを開封したカムシンに、ルファナティカが茶々をいれる。シャンディアが契約者をたしなめると、ルファナティカは静かに笑っているようだった。
「カムシン・ネブハーウは如何するつもりじゃね?」
ベヘモットが訊ねれば、少し考え込んでからカムシンが姿を消した。シャンディアがおや、と思っている一瞬に帰ってきたが、その手には先まではなかったものが握られている。
「……買ってきた?」
「ああ、心配せずとも大丈夫です」
チャリとカムシンの手の中で銀貨のこすれる音がする。
「私からは、これを」
「…うん。ありがとう」
シャンディアはカムシンに差し出されたそれを受け取って、両腕に抱きしめた。
手触りのよい毛が流れる、首に赤いリボンを巻いたテディベア。
「あなたにこんなセンスがあるとは思いませんでした」
「ふうむ、なかなか良いものじゃな」
それぞれの契約者は失礼なことを言っていたが、シャンディアは嬉しそうにテディベアを撫でている。
いつか亡くしてしまうことは目に見えているが、それでも今は大切にしたいと、シャンディアは歩いている間中、ずっとテディベアを抱いていた。

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