先輩の昼食

密やかな噂が生徒たちに代々受け継がれている。
曰わく、――カムシン先輩は創立時からいるのだと。
「おい、カムシン先輩だぜ。やっぱり雰囲気が違うよな」
昼休みや放課後、広い学園のどこにいても、一日に一度はカムシンを見かけることができる。無論、本人が怪しい術を使っているというわけではなく、ただ、校内を巡回するように歩き回っているだけなのだが。
学ランの下にややくすんだオレンジ色のパーカーを着込み、帽子をかぶっている。常に大きな棒状の『何か』を布で包み、持ち歩いている。
カムシン・ネブハーウとは、ある意味学園七不思議の一つであった。
「シャンディア先輩、いつもカムシン先輩といるよな」
「学年、同じなのかね?」
視線をずらせば、小柄なカムシンより少し背の高い、チャイニーズな女子生徒がいた。カムシンに親しげに話しかける彼女は、シャンディアと呼ばれている。
「カムシン、お昼食べた?」
「ああ、まだです」
じゃあ一緒に食べよ、と言って無邪気に笑うシャンディアと、相変わらず無表情を崩さないカムシンはどこか不釣り合いに感じる。しかし、シャンディアほどカムシンのことを的確に知る者がいないのもまた事実。
二人がいつからの付き合いであるかも不明で、シャンディアも不思議のうちに入れられていた。
「あ、今日パンなんだ。この中に食べたいのある?どれでもいいよ」
手に提げていた大きなビニール袋には、購買で買ったばかりのパンがたくさん詰め込まれていた。もはや、二人で食べる量ではないほどに。
「せ、先輩方よく食うんだな……」
「カムシン先輩、何食うんだろう?」
「ああ、私は何でも構いません。あなたから選んでください」
「選ばないのか!」
廊下の端でみていた男子生徒こと、佐藤啓作と田中栄太が小声で突っ込む。
しかし、そう言われたシャンディアは気にした様子もなくビニール袋を漁った。
「じゃあ、これにしよう」
コロッケパン一つを取り出すと、袋ごとカムシンに手渡す。カムシンは軽く中を物色してからカレーパンを取り出した。
案外普通な選択に二人がほっと息をついていると、シャンディアがカムシンからビニール袋をやんわりと押し返す。
「いいよ。さっき体育だったんでしょ。あとはあげる」
「そ、そんなに食えるか!」
購買のパン、全二十一種類は入っていそうな袋を見ながら、やはり突っ込む。カムシンはしばらく考えた後、中からもう一袋だけ取り出してシャンディアに返した。
「ああ、多いので私はこれで結構」
二つの袋を抱えたカムシンを見るシャンディアの目は、どこか残念そうだ。
「本当にいいの?パンの耳で」
「しかもパンの耳かよ!」
購買にそんなものまで売っているとは思わず、大きな声を出してしまった。ハッとすると、シャンディアとカムシンが黙って二人を見つめている。シャンディアはまた、袋の中を漁った。お目当てのものがあったのか、にっこりと笑顔を浮かべ、二人に歩み寄ってくる。
「ねえ、あなたたち。ちょっとお使い頼まれてくれる?お代はこれで」
そう言って差し出されたのは、学園名物の、一日十個限定メロンパンだった。二人の脳内には、思わずある友人が思い浮かんだ。
「あ、もちろんこれも入れて、パン全部ね?」
がさりと音を鳴らしながら、ビニール袋が田中の手に押し付けられる。落とすわけにもいかないので、とりあえずは受け取ってみる。
「ジュース買ってきてほしいだけだから。…お願いしていい?」
サラリと顔の横を黒髪が流れ、しばし見とれる。すぐに意識を取り戻し、勢いで二人とも首を縦に振った。
「ありがとう。じゃあ、サイダーとお汁粉お願いね」
「あ、はい」
「お金は……」
「い、いいッスよ!俺ら払うんで!」
制服のポケットからがま口の小銭入れを出したシャンディアを遮って、袋を提げたまま、田中と佐藤は自動販売機まで走った。学校の販売機にお汁粉があることを疑問に思いながらも、五百円玉を入れてボタンを押す。サイダーを振ってしまわないように注意しながらシャンディアのもとへ戻ると、彼女はすでにカムシンとベンチに座っていた。
「カムシン、ついお汁粉頼んじゃったけど大丈夫?」
「ああ、私は別に何でも構いません」
「確認したわけじゃなかったのかよ!」
漏れ聞こえた会話にもしっかりと突っ込みを入れ、二人に飲み物を手渡すと、田中と佐藤は教室に戻っていった。
「ねえ、カムシン」
「ああ、何ですか」
取り残された二人、パンを頬張りながらシャンディアが口を開く。
「卒業しないの?」
途端に、場の空気が重くなる。近くにいた生徒たちは、急に悪寒を覚えてそそくさと立ち去ってしまった。シャンディアはカムシンの言葉を待つ。
どこかの教室で窓ガラスが割れた。教授こと、科学教師の高笑いが聞こえてきてカムシンは立ち上がった。
「……ああ、調律に向かわなければ」
カレーパン最後の一口を押し込んで、お汁粉の缶も空にする。パンの耳が入った袋を片手に歩き出したカムシンを追って、シャンディアも小走りになる。
「いっそ、教員にでもなればいいのに……」
シャンディアが呟くと、再び同じ教室から悲鳴が上がる。窓から紅蓮の炎が巻き上がっていた。それを見ると二人はペースをあげて、校舎に飛び込んだ。

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