零時の少年

「相変わらず、何考えてるのか」
「そもそも街に来ていなかったとは思わなかったわね」
“探耽求究”の仕掛けた自在法を破壊しようと御崎市をぐるりと一周してきたシャンディアらは、それらを破壊できないことを確認したところで、何か急速に接近してくる紅世の気配を感知した。
それは紛れもなくかの王のもので、シャンディアはもちろん、カムシンさえ驚き、そして呆れた。
「ああ、大掛かりなことを」
「ふぅむ。しかし、そうとなれば早急に対処するべきじゃな」
「ああ、そうですね」
カムシンは目を閉じると、褐色の火の粉をこぼしながら存在の力を込めた。
「……?」
しかし何も起こらない。
不審げにシャンディアが首を傾げると、カムシンは今わかった事実を淡々と述べた。
「ああ、どうやら封絶は張れないようです」
「…嘘?」
シャンディアも試みるが、露草色の火の粉が散るだけで、何も起こらない。
「手詰まりかー…」
「まずはあの二人に合流しましょう」
「ああ、それが最善でしょう」
シャンディアがため息をつくと、ルファナティカが提案した。カムシンはそれに頷くと、シャンディアを無言で見つめる。シャンディアもその視線に気付くと、櫂を握りしめて頷いた。

「つまり、自在法は壊せない、封絶は張れない、あげくにあいつの目的もわからないってわけね」
「ヒッヒ、簡単にまとめると身も蓋もねえな」
カムシンとシャンディアがシャナ、マージョリーに合流し、互いの情報を交換した。と言っても、大した情報や打開策があるわけでもなく、ただ近付いてくる教授の気配を感じているだけだった。
「ああ、どうも、あの駅丸ごとの自在式への改造といい、全て周到に用意されていたものらしいですね」
「まんまと出し抜かれたってわけだね」
ため息をついた後、シャンディアはイライラした様子のシャナを横目で見た。何か言いたげだが、それは解決策ではないのだろうと判断し、シャンディアから訊ねることはない。
ふと、何かに気がついたようにマージョリーが口を開く。
「そういえば、今日はあの坊やと一緒じゃないのね?」
「そうよ」
シャナの素っ気ない返事に、マルコシアスが笑う。
「ははーあ、さては“ミステス”の兄ちゃんとケンカしたな?」
「そんなことない!!」
力強い否定による、肯定。
(ミステス……あの、珍しい揺らぎを感じるのがそれかな?)
シャンディアは御崎市にはいってすぐに感じた、フレイムヘイズでも紅世の徒でもない存在の力を思い出した。
「……あー、そういうことだと言いにくいけどさ……私、あの坊やに協力してもらおうと思ってたのよねー」
「えっ?」
「前回のこともあるわけだし、私たちが手詰まりでも、坊やになら見えるものがあるかも、って思ったわけ。私の子分がいる『玻璃壇』の映像と、坊やの感覚を合わせれば、打開策を立てられるかもしれないでしょ?」
気まずそうなマージョリーに、なぜかシャナの顔つきが不機嫌になっていく。
「はっはあ、そりゃいい考えだ。なーんでしっかり兄ちゃん捕まえとかねえんだよ、ヒヒッ」
マルコシアスのトドメに、シャナは激昂した。
「うるさいうるさいうるさい!なんであんたたちに、そんなこといわれなきゃ、なんないのよ……」
最後は尻すぼみになってしまったが、カムシンはそんな若きフレイムヘイズに遠慮することもなく問い掛ける。
「ああ、その“ミステス”はなにを蔵しているのですか?」
「『零時迷子』だ」
「!……ほほう」
「ふむ、それは、また大したものじゃ」
シャナではなく、その契約者であるアラストールの返事に、カムシンやベヘモットも息をのむ。
(あの『零時迷子』だったか…)
シャンディアはその正体にやはり驚いていた。聞けば、有名な“千変”シュドナイにはったりをかけるほどの度胸の持ち主らしい。
「ふむ、儂らも手詰まりには違いない、探して話を聞いてみるとしようかの」
ベヘモットの言葉に、一人複雑そうな顔をしたシャナをのぞいた全員が頷く。
シャナ……正確にはアラストールから聞き出した服装をもとに、マージョリーが『零時迷子』の像を作成する。
「ああ、若いのですね、気の毒に」
「通信用、渡しとくわ」
像を受け取ったカムシンの隣にいるシャンディアに、マージョリーは力を込めた付箋を放り投げた。シャンディアはそれをじっと見つめてから、顔を上げた。
「そういえば、その“ミステス”の名前は?」
「坂井悠二」
投げやりなシャナの言葉に、カムシンもシャンディアも、驚愕の表情を露わにした。
「ああ、サカイ……坂井君?」
カムシンの呟きに、シャナは不吉な予感を覚えた。

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