異常の祭り

「え……?」
「ああ、これは困ったことになりましたね」
不発、あるいは不備ではない歪み方をした花火を見上げ、シャンディアは驚き、カムシンはやれやれと首を横に振った。同じように、見上げていた人々も最初驚きざわめく。しかしすぐに気にしなくなり、次の花火が上がるのを待つ。
「これ……!?」
「自在式、かしら。特定できない?シャンディア」
「やってるけど、薄い“紅世の力”が蔓延しててわからない!」
二発目がうち上がる。また、大きく歪んだ花火だった。
「ふうむ……とりあえず、『弔詞の詠み手』、『炎髪灼眼の討ち手』と合流せんかね?」
「ああ、そうですね」
「うん……そだね」
「では、行きましょう」
連続的に打ち上げられる花火を見上げ、カムシンはフードをかぶりなおし、『メケスト』を剥き身のまま担いだ。もはや誰も二人を見ていなかった。

御崎市を分かつように流れる真南川に架かる、御崎大橋の上……桁をワイヤーでつる主塔の一つに、群青、紅蓮、褐色、そして露草色と四色の灯りが点っていた。
「たぶん、カムシンの調律の自在法を利用したから、これだけ目立つ異常を感じられないんだと思う」
相変わらず歪んだ花火を見上げ、シャンディアが言う。
「まだ何も起きてないけど……」
「なんか起きてからも、一般人が普通にしてるっての?」
シャナとマージョリーが眉を寄せる。
本来なら、徒やフレイムヘイズは封絶を構築し、一般人にはわからないようにしている。もし一般人に見られたら、それは想像するに難くない混乱となるからだ。調律は歪みを直すとともに、ある程度は異変への適応ができるようにする効果がある。言ってしまえば今の状況は、花火が歪んでいても、それが当然、花火とは歪んでいるものだと受け入れ慣れてしまうのだ。
「ふむ、実は、こういうことをする“徒”にも心当たりがある」
「ああ……彼、かしら」
ベヘモットの言葉にルファナティカが納得する。
「この件の首謀者ってこと?誰?」
シャナが端的に追求すると、カムシンがあっさりと返した。
「ああ、“探耽求求”ダンタリオン……聞いたことくらいはあるでしょう?」
その言葉に、全員の顔が苦くなる。特に、長い戦歴の中カムシンと共に幾度も遭遇してきたシャンディアは、うんざりしたような表情をしている。
通称“教授”、そう呼ばれる“紅世の王”は類をみないほどに奇妙だった。カムシンでさえ古くから知っているという教授は、紅世とこの世、双方の在りようについて研究と実験を重ねてきた。ある“紅世の王”に雇われたこともあれば、その王を滅ぼしたこともある。フレイムヘイズの宝具を強化したり、フレイムヘイズの誕生に関わったことさえある。興味を持ったなら、それが人間であれ徒であれ、フレイムヘイズであれなんだって構わないというのが“教授”という存在だった。早い話が、厄介なのである。
「教授だとすると、目的なんてありすぎてわからないよね……」
シャンディアが深いため息をつくと、マージョリーが肩から下げている巨大な本型の神器『グリモア』から契約者であるマルコシアスの声がした。
「しーっかしよ、妙だとは思わねえか?こうやって自在法は動いてんのに、あのトンチキ発明王の気配を毛ほども感じねえ」
「そうね。大体、あんたに感じられなくて他の討ち手に感じられるわけないでしょうが」
マージョリーがそう言ってシャンディアを見る。シャンディアは『ローマの地』を展開させているが、反応はない。
「……やっぱりわかんない」
「ああ、今回ばかりはどうしようもないでしょう」
しかし、とカムシンは続ける。
「気配がどうあれ、“探耽求求”の企図をみすみす実行させるというのは危険すぎますね。とりあえず彼の狙い、あるいは彼自身を見つけないと」
「ふうむ。とはいえあの入れ替えの自在法が向こうにあるかぎりのう……」
「……、シャナ、」
ひどく躊躇いがちに、シャンディアがシャナを呼ぶ。どこか落ち着きのない若きフレイムヘイズを、“誰か”につけてもらったらしい名前を呼んでもいいのか、迷った末の発言だった。しかしシャナは、存外気にした風もなく顔を上げる。
「なにか、腹案はある?」
「……あの、人を入れ替える仕掛けのからくりはわかってるの?」
強い眼差しに、シャンディアは表情を少しだけ軟らかくした。

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