褐色の心室

湧き上がった褐色の炎に包まれ、吉田は驚いて目を閉じた。しかし、予想した痛みや熱は吉田を襲わない。
「具合はどうですか、おじょうちゃん」
「怖いとか苦しいとか思ったら、すぐ出そう。遠慮なくいうんじゃぞ」
呆れるほど呑気なカムシンとベヘモットの声を聞き、吉田はおっかなびっくり顔を上げた。吉田は、脈打つ心臓の形をした炎に包まれていた。燃え盛る褐色の炎は、激しくも温かな色合いをしている。
「ああ、気分や体調に変化がないのなら、始めましょう」
急に、『カデシュの心室』の外側が暗くなり、褐色の炎がいくつもの細かい渦を作り出した。それらはすぐに集まり、光の群れになる。さながらプラネタリウムのようになった炎に浮かび、吉田は目を奪われていた。そして続いて浮かび上がった形を見て、不思議そうに呟いた。
「これは……地図?」
「そのとおり。見て楽しむのも良いですが、目を瞑って全身で感じるのも、また違った興がありますよ」
カムシンの言葉に従って、吉田は目を閉じた。
『カデシュの心室』に抱かている吉田を眺め、シャンディアは特に動く気配のない“紅世の力”に、そっと息を吐いた。欠かせない協力者にそう思うのはどうかとも感じたが、動揺し、その割には頭の回転が速く飲み込みもいい吉田一美という少女が、シャンディアは苦手だった。
(……未熟、なのかなぁ)
調律の目処が立ったことに安堵した様子のカムシンを見て、シャンディアは気落ちした。
「おじょうちゃん、調和のイメージを、強く持ってください」
カムシンが心の乱れた吉田に声をかける。吉田は返事をしたが、別に気になることがあるのかなかなか意識がまとまらない。カムシンが再度促すと、吉田は慌てて調和のイメージを思い浮かべた。
「『罪科の秤り手』」
「うん」
調和のイメージで満たされていく『カデシュの心室』を見て、シャンディアが服の袖から『ウンディーネ』の水盆だけを取り出した。
「自在式、『ルネサンスのカンバス』」
露草色の淡い光を放つ水盆の表面に、褐色の炎が少しずつ吸い込まれる。褐色の星が消え、暗い夜空が、炎が順に消え、最後に吉田の足元に残っていた炎はカムシンの方に向けて走ると静かに散った。
「……温かい」
炎を全て吸い込んだ水盆を抱いて、シャンディアがぽつりと呟く。
「ありがとう、おじょうちゃん。とても、助かりました」
カムシンの礼に、吉田は信じられないものでも見るかのようにカムシンを見た。
「……どうして」
「ああ、なんですか、おじょうちゃん?」
「えっ!?」
吉田は知らないうちに呟いていたのか、カムシンの問いに慌てふためく。
(……どうして、このお嬢さんからは“紅世の力”を感じた?)
「どうしてそこまで……自分の前にあるものが『絶対にどうしようもないもの』だと確信までしているのに、立ち向かっていけるんですか?」
(お嬢さんの近くに潜伏している。可能性としては、学校に……?)
「やあれ、やれ。また、同調してしまいましたか。……ごくたまに、そっちに流れてしまうんですよ」
(つまり、外見が二十歳を超えていないフレイムヘイズ)
「お願いです、教えてください」
そこまで推測して、シャンディアはあるフレイムヘイズを思い浮かべた。まだ会ったことはないが、立派に先代のあとを継いでいるという少女を。もしかすると、吉田とそのフレイムヘイズ……あるいはミステスが関わっているかもしれないのかと考えた。
「抽象的で安直な高説ではなく、具体的な事態への対処策で良いのなら、答えましょう」
勢いよくカムシンを問いつめていた吉田は、その一言で口を閉じた。俯いて、しばらくの間黙り込んでしまう。
たっぷり数十秒は黙ったあと、突然、吉田の体が小刻みにふるえ出した。
「お嬢さん?」
『カデシュの心室』が障ったのかとシャンディアが吉田に声をかけると、吉田は顔を上げて弾かれたようにカムシンとシャンディアを見つめた。
「どうしよう……どうしよう、カムシンさん!シャンディアさん!」

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