家出少女(1/2)

…やってしまった。


いや、私がやってしまったんじゃない。
彼がやってしまってるところを見てしまった。

どっちにしても、やってしまった。



私は今年、近所の大学に進学して1人暮らしをしている。
近所なのに実家じゃなくて1人暮らしって意味ある?と思うけど、もう大人なんだから嫁に行く前に1人暮らし経験しときなさいっていう親からのミッションとして近くのアパートの一室で今年の春から始めたのだ。

すると現在一応まだお付き合いしている彼氏が住み着いて、2人暮らしになってしまった。
まあそれはよかったんだけど、私がバイト帰りで今さっき帰宅すると待っていたのは「おかえり」ではなく、彼氏と見知らぬ女の濡れ場だったのだ。

狭い1Kの部屋なもので、ドアを開けるともう、見えちゃって。
え、今日バイト遅い日じゃなかったっけとでも言いたげに固まる彼氏と数秒目が合い、私は自分の家なのに「お邪魔しました」なんて言ってドアを閉めた。
いろんな意味でお邪魔しました。

そう、今日はバイト先の居酒屋が暇で暇で、店長に頭を下げられながら早上がりをしたのだ。
ゆっくり夜ご飯食べてお風呂入って大学の宿題やって…って考えてたのに、え。私出てきちゃったけどどうする?実家帰る?いやそれは謎い。
もうどうしよう。

とりあえず一発終わる頃にこっそり帰ろう。
それまで…そこの公園でココアでも飲もう。




よく家族と喧嘩した時に来たな、この公園。
そうそうこのブランコに座って泣いてた。

なんとなく懐かしくて、近くのベンチではなくてブランコに腰を下ろしてまたなんとなく漕いでみた。

久しぶりにブランコ乗ったけど、こんなに酔うっけこの遊具。ちょっと気持ち悪い。

足を地面に擦って勢いを止めて、誰もいない公園を見渡すと、生温かいものが頬を伝っているのに気づいた。


『えっ、何泣いてんの?ウケる』


一人でこんなとこでこんなことして泣いてバカみたい。ほんとに惨めだ。
ゴシゴシと袖で顔を拭うと、背後から記憶に新しい声が聞こえた。


「咲先輩?」

『え?』


振り向くとそこには私がマネージャーを務めていた烏野高校バレー部の影山くんがいた。


『久しぶり、でもないか。部活終わり?夏なのに寒いね。身体冷やさないようにね』


泣いてたのバレてないよねとか、なんでこんな情けない時にとか、色々なことをごまかすために一方的に言葉を繋げた。


「部活終わりっスけど…何してるんですかこんなとこで一人で」


真っ直ぐに見つめられながら。
全ての核心を突くその質問にどう答えたらいいのか。
2つも年下の後輩にこんな惨めな先輩の現状を伝えてしまえばきっとがっかりされてしまう。


『ちょっとブランコ乗りたくてさ!気が済んだら帰るよ』


2つも年上の先輩がブランコ乗りたいって何だよ。もう少しまともな嘘つけなかったのか私のボケ。

影山くんは「そっすか」なんて言って、帰るのかと思いきや隣のブランコに腰掛けた。
…ん?


『あの、影山くん?』

「俺も乗りたかったんで」


私の目を見ず斜め下を向いてブランコを軽く漕ぎ出す影山くんに「いや嘘でしょ!」と思わず突っ込むと、


「咲先輩も嘘ですよね」


と。相変わらず真っ直ぐな瞳で私の目をがっちりホールドする。逸らさせまいと。


『う…嘘じゃないよ、ほんとに乗りたかった』

「…じゃあ何で泣いてたんですか」


。。。
バレてた。

もう言い訳ボキャブラリー貧民の私にこれ以上のネタはない。
目にゴミが入ったとでも言おうものなら完璧に嘘がバレる。

ごちゃごちゃ考えてると必然的に沈黙が続いて、明らかな不自然なものになってしまった。


「…言いたくなかったら無理して言わなくていいですけど、心配です」

『っ、ごめ、』


ただ純粋に心配してくれて、部活で疲れてるのにわざわざ足を止めてくれて、不器用なりに話を聞いてくれようとしている影山くんに対してこんな失礼なことはない。
それに気づいた私はまた不本意に涙が溢れていた。


「なっ!?す、すんません!!泣かせるつもりじゃ…」

『違う!ごめん勝手に出てきてるだけ!気にしないで私もわからないから!』


そう言っても見るからに慌てふためる影山くんを見て少し笑えてきた。可愛いなあ。


ぐすっと鼻をすすって、「バカみたいな話なんだけど、笑って聞いてくれる?」と訊くと、「聞きます」と言ってくれたので、さっきまでのことを全て話した。





***




「あの…すんません、全然笑えねえっす」

『笑えなかった?もはや笑い話にできるよ私』


決して強がっているわけではなく。だって面白いじゃないか。
自分ちにお邪魔しましたって言って家出してくるなんて。


「でも、彼氏のこと好きなんですよね」

『うーん、好きだったけど…さすがにアレ見せられたら、さ。てか浮気してたの気づかなかった私もオメデタイ』


ハハ、と笑うと、クスリとも笑わない影山くんがじっと見つめてくる。
その視線は今は気づかないふりをして。


『まあ、知らない女と寝た部屋になんて戻りたくないけど一応私の家だし、とっとと別れて合鍵ひったくって追い出すよ』


さてそろそろ終わったかね、と立ち上がると、


「俺も行きます」


なんて、有無を言わさないオーラを醸し出すものだからお言葉に甘えて付いてきてもらうことにした。
内心ホッとした。
ひとりで行きたくなかったから。



そういえばココア飲むの忘れてたなあ。



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