家出少女(2/2)
数十分ぶりの我が家を目の前にして思わず立ち止まる。
なんで自分の家に帰るのにこんなに嫌な気持ちにならなきゃいけないんだろう。
『影山くん、ちょっとここで待っててくれる?』
「…1人で大丈夫ですか」
玄関のドアの横で待ってもらうように言うと、自分も入りたそうな、更にはクソ彼氏を一発どうにかしてやりたそうな影山くんの不服そうな顔。
『大丈夫!影山くんが外にいてくれるって思ったら何とかなりそうだよ』
「遅かったら乗り込むんで。頑張ってください」
冗談のようなセリフでも多分この子はガチだ。
もうこれ以上影山くんにかっこ悪いところを見せまいと、笑顔でお礼を言ってドアノブを捻った。
***
影山side
もう何分経ったんだろうとスマホを見るとまだ5分も経っていない。
すさまじく時間が長く感じる。
咲先輩はバレー部のマネで、俺が密かに片思いしていた相手だ。
先輩が卒業してからまだ3ヶ月しか経っていないのに、たった3ヶ月で俺の知ってる咲先輩ではなく1人の大人の女性になっていた。
そんな咲先輩が1人で公園で泣いているのを見て迷わず声をかけた。
最初は誤魔化していたけど結局全部話してくれて、俺は人と付き合ったりしたことはないからその気持ちは測れないけど相当ショックな出来事の直後だったんだろう。
咲先輩を泣かすようなクソ彼氏なんて早く別れて俺のとこに来ればいいのに。
そんなことを考えていると部屋の中が何やら騒がしくなり始めた。
声を荒げたりとかではないが物音と足音。
さすがに暴力とか…ねえよな。
じっとドアに耳をすませていると、足音が俺に近付いてくる。
慌てて顔を退けドアの横に退避すると、
騒がしかった物音とは対照に静かにドアが開けられて大きなボストンバッグと紙袋数個がドサドサと地面に落とされた。
目線を上げると、今までに見たことのないような咲先輩の恐ろしいくらい無感情な表情。
早く出て行けと言わんばかりに中からドアを支えながら、その冷たい目線はまだ家の中にいる彼氏と浮気相手の女に向けられていた。
『ここあんたらのラブホじゃないから他当たってくれるかな』
背筋がゾッとするほど落ち着いている咲先輩の声。
恐らく、黙って家に入って口を利かないまま黙々と彼氏の荷物をまとめていたんだろう。
中の2人も同じ恐怖を感じたのか、そそくさと靴を履いて逃げるように家を出ようとする。
『もう2度と顔見せないでね、さよなら』
彼氏とすれ違いざまに合鍵をぶん捕って2人の背中を押し出すと、彼氏は小さな声で「悪かった」とだけ告げて荷物を持ちアパートの階段を降りた。
2人の背中が見えなくなると、途端に咲先輩が膝から崩れ落ちた。
「ちょっ、咲先輩!大丈夫ですか」
慌てて駆け寄り肩を持つと、俯いたままの咲先輩は小さく震えていた。ずっと我慢していたのか、涙が地面に叩きつけられる。
「咲先輩、」
『影山くん、私…頑張ったよ…っ』
そう言いながらゆっくり顔を上げて俺を見る咲先輩の顔は涙でくしゃくしゃになっていて。
俺は思わず強く抱き締めた。
「はい…偉いです、」
『っぅ、ありがとっ…、』
ぐすぐすと鼻をすすりながら静かに涙を流す咲先輩に「中、入ろ」と促されて、俺は初めて咲先輩の家に入った。
『もうかっこ悪いとこ見せたくなかったのに、全然ダメだなあ』
シーツも何もかも剥がされたベッドに腰掛けて、少し落ち着いた咲先輩が口を開く。
「…かっこ悪くねえ…、です」
『えへへ、そうかな…』
咲先輩は本当にかっこよかった。
かっこ悪いのは一蹴すらできず呆然と眺めていた俺の方だ。
「俺、何もできなくてすみません」
『何言ってるの?影山くんが居てくれなかったら私きっと帰ることすらできなかったよ』
ベッドのそばで立ち尽くす俺の両手を握って自分の横に座らせる。
『ほんと、影山くんに会えてよかったよ。今度何かお礼させて』
鼻を赤くして俺に微笑みかける咲先輩は、何度見ても綺麗な大人の顔だった。
礼なんていらないから、
「咲先輩」
『ん?』
「これからは先輩のこと俺に守らせてください」
『…え……』
まっすぐ目を見てそう告げると、咲先輩の瞳の奥がまた揺れる。
「ずっと好きでした。今も変わらないし、会ってますます好きになりました。だから…」
傷ついているところに漬け込むみたいで嫌だけど、今しかないと思った。
もうどこの馬の骨かも知らない男に泣かされたくない。
咲先輩の手をぎゅっと握って一呼吸置く。
「俺と付き合ってくれませんか」
そう言うと咲先輩は形容し難い表情で目を逸らす。
何かに迷っているように、長い睫毛が伏せられた。
『嬉しいけど…別れたばっかりだし、こんな形で捨てられた女なんてめんどくさいよ…?』
何を言うんだ、この人は。
めんどくさいわけがない、咲先輩が笑っていればそれだけでいいのに。
「俺はそうは思わない。そうだとしても全部受け止めます」
やっと掴みかけた好きな人を離したくはない。
固い意志を持ってそう伝えると、曇っていた表情が少し和らいで。
『ほんと、そういう真っ直ぐなところ好きだよ』
「っ!、っス…」
そういう意味じゃなくても咲先輩からの「好き」と言う言葉は俺にとってはでかい。と思っていたら
『…私でほんとにいいの?』
なんて、夢みたいな言葉が聞こえて思わず勢いよく咲先輩の方へ向く。
「咲先輩じゃないと意味ないです」
『っ!…じゃあ…付き合おう』
何かを決心したように、でもいつもの笑顔でそう言う咲先輩はやっぱり笑ってる方が似合う。
やっと通じた思いに嬉しさが込み上げてきた。
「一生大事にします!!!」
『一生って!プロポーズか』
あはは、と笑いながら俺の背中をバシッと叩く。
今はまだ無理だけど、いつかそうなれるようにもっと強くなろうと思った。
「待っててください、絶対俺が嫁にもらうんで」
『ふふ、ありがと。期待してる!』
きっと冗談だと思われているんだと思うけど、今はそれでもいい。
いつか証明してみせるから。
『これからよろしくね、飛雄』
不意に名前を呼ばれて俺の肩に愛しい重みを感じる。
肩にもたれる咲先輩を見て、本当に付き合ったんだと実感した。
この気持ちを噛みしめるように、咲先輩を抱き寄せて短く返事をした。
****
(5年後)
『ねえ懐かしい!ここ覚えてる?』
「おお、咲がひとりでベソかいてたところ」
『やだ、その言い方やめてよ!』
「懐かしいな」
『ここから始まったね、愛しの咲先輩を飛雄が助けてくれたんだもんね〜』
「…その言い方ヤメロ」
『ありがとね、飛雄。』
「咲、」
『んー?』
「待たせて悪い。結婚してくれ」
『っ!!〜〜っ、うん…!』
咲が家出しようなんて気が起こらないくらい
幸せにします。
fin
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