out of EDEN

蹴って、殴って、引き寄せ口付けたら、見えるだろうか。

俺とフランスはいつも、周りの誰もが呆れるくらいくだらないことで喧嘩をする。

ギラギラと鬼気迫る目で、フランスが俺を見た。それは実に二ヶ月ぶりにフランスから受けるまともな視線であったけれど、俺はそんなことを喜ぶ暇も、あるいは憤る暇もなかった。
フランスの息は、荒い。まるで犬みたいだ。それもとびっきり質の悪い、発情期の犬。
フランスは俺にゆっくりと、でも確実にのしかかってきて、ふふん、と勝気に笑った。ギラギラ剣呑に光る目のまんまで。
「いーい眺め」
フランスはそう言って、俺の首に手をかける。

俺とフランスはいつも、周りの誰もが呆れるくらいくだらないことで喧嘩をする。だけれど、俺たちが争う全ての理由がくだらないとは、残念ながら限らない。
俺と、それからフランス以外の誰にも理解出来ないことかもしれないけれど、喧嘩とは、お互いにとっての呼吸のようなものだ。言い争い、殴り、蹴り、そうしていないと、俺たちは息苦しい。
アイツだってきっとそうだと信じているが、俺はフランスと喧嘩をしていない時、一瞬だって“生きていない”。まあフランスを信じるなんて言葉が、俺の一体どこから湧いて出てくるのか――白々し過ぎて自分でも寒気がするけれど。
とにかく、フランスとイギリスは喧嘩をしているもの、なのだ。そういう風に、出来ている。大抵は、そう、目も当てられないようなくだらないことで。

しかし、所謂『くだらなくないこと』で喧嘩する時は、まるで駄目だ。
バチバチと身体全体から相手に向かって火花が散り、まずは二人とも、全く口を利かなくなる。コイツのやること成すことてんで的外れだって言う風にそっぽを向いて、視界の端にすら留めなくなる。
しかし、目を合わせなければ、皮肉を言い合わなければ、それで全て解決するかと言えばそうではない。
そういう喧嘩は大抵、息を止めているみたいに苦しい。
つまり日常的に言い合ってなければ、それは俺たちにとって息継ぎが出来ていないのと同じということのようで、そういう時は大方どちらかが音を上げるまでの我慢大会になる(大抵先に音を上げるのはフランスの方だが)。
まるで円滑な喧嘩の仕方を知らないような、そんなやり口で俺とアイツは何回かに一回、ひどい抗争をする。いや、暴力を行使しないのだから、それは冷戦と言い換えるべきなのかもしれないが。
ともかく。
俺たちはたまに、ひどい喧嘩をする。そう、正に、今みたいな。

「かわいいね、坊ちゃん」
人の首を絞めながらそう笑う、こいつは思った通り支配者のような顔をしている。こうしていることが心底嬉しい、みたいな。一昔前はずっとこんな顔をしていたので、よく覚えている。俺はその顔が、大っ嫌いだった。
だって違うだろ、フランス。お前の本性はそんなところにない。俺が、俺だけが、それを知っている。そして、それでいい。
首を絞めるフランスの指に、だから俺は思い切り爪を立てた。こんなこともあろうかと、二週間伸ばしていた爪だ。さぞかし痛かろう。
いつもハンドクリームやら何やらで大切に大切にしている手を、あの滑らかな皮膚を、俺の無造作に伸ばした爪がめちゃくちゃにする。これを愉快と言わずに、何と言う?
案の定フランスはあの取り澄ました美貌をくしゃりと歪ませて、俺を燃えるような瞳で睨みつけてきた。惨めったらしい、負け犬の顔。
前言撤回。フランスは言う。
「お前、全然かわいくない」
その憎々しげに吐き捨てた言葉に、思わず笑っちまう。なあフランス、俺がお前だけのかわいいイングランドでいたこと、今までにあったかよ?
俺は唇の動きだけで「ばーか」と言ってやる。今のフランスにこれほど相応しい言葉もないだろうと思って。
フランスの頬にさっと紅が差した。どうやらどれだけ馬鹿なことを言ったか自覚したようで、フランスは誤魔化すように俺の首から両手を外し、そしてこれもまた誤魔化すように、俺の頬を思い切り殴った。
「イギリスなんて大っ嫌い」
それがあまりに女々しく部屋に響いたので、俺はまた笑わずにいられなかった。

俺たちは、喧嘩をしていないとフラストレーションがどんどん溜まって、ある時ぷっつりと、糸が切れたようにおかしくなってしまう。これじゃあまるで中毒じゃないか。フランス中毒。なんともまあ、笑えないネーミングだ。
今回の喧嘩の原因はもう覚えていないが(くだらなくなくても、忘れるものは忘れる)、それでも喧嘩は終わらない。どちらが折れるまで、だ。それが如何に苦しくても。
「イギリス」
俺ね、お前のこと、殺してやりたいよ。
フランスは鮮やかに笑ってそう言うけれど、馬鹿だな。
「お前、俺がいなくちゃ生きていけないじゃねぇか」
俺はフランスの真似をして笑ったけれど、うまくいっただろうか。わからない。
フランスは肩を竦めて「……そうだけど」と、俺の言葉をあろうことか肯定した。
「だけど……ねぇ、お前のこと、殺してやりたい」
殺してやりたいよ、イギリス。
フランスが素直に、まるで今日の夕飯を告げるみたいな響きでそう言ったから、俺にはそれが本気なんだと分かる。厄介な、そして可哀想なやつだ。俺なんかに、本音を見抜かれるなんて。
「ね、愛してるよ、イギリス」
そう言ったフランスの言葉が、本気であることくらい。
俺は、ちゃんと知っている。
だから、俺はとびっきりの笑顔でこう言ってやるのだ。
「うそつき」


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