知る

どんなに愛しているかを話すことができるのは、 すこしも愛してないからである。――ペトラルカ


ああ、とアーサーは言った。
知らなかったのに。

アーサーはそれを言葉に出来なかった。もちろん、フランシスもである。
二人は、それを語る術を、持ってはいなかった。
ああ、とフランシスは言った。そう言うことしか出来なかったのだとアーサーには知れた。フランシスの思っていることが、今やアーサーには容易にわかる。それを『誠に遺憾ながら』、と言う感性を、今しがたフランシスによって取り払われたのだけれど。
ああ、とアーサーも言った。そう言うことしか、まるでグラスから水が零れるように呟くことしか、出来なかった。まさしく、その言葉は、溢れた。
二人は知らなかったのだ。そして今、知った。
アーサーはそれを知らなくて当然だったが、フランシスまで言葉をなくしているのがアーサーには少しおかしかった。だってお前、あんなに、なあ?
二人は目の前にある四つのマフィンを見た。アーサーの手元には、もう一つ、齧りかけのそれ。フランシスがフランシスの思うように作った、だから世界で一番美味しいマフィン。フランシスの手にはティーカップだ。アーサーが淹れたとっておきの紅茶が、アーサーが一番美しいと思うところまで、注がれている。それだけ。
それだけなのにアーサーはマフィンを、フランシスは紅茶を、一口含んだ瞬間ぽろりと、頬を涙が伝った。
それは、感動だった。快楽だった。驚嘆だった。
そして何より、歓喜だった。
「え?」
漏らした言葉は、一体どちらのものだっただろう。どちらもそう思っていた。「え?」と、訊きたくなるのも道理だった。フランシスは不思議そうに首を傾げた。続いて、アーサーも。
何の変哲もないマフィンと、何の変哲もない紅茶だった。それなのに。
それらは驚くほどぴたりと、二人の隙間に、入り込んだ。

アーサーとフランシスは、恋人同士である。だけれど違う人間で――違う国である以上、二人の間にはどうしても、どうしようもない溝が出来る。それは大したことのない、普段は意識すらしない“ひっかかり”なのだけれど、これではどちらかが歩み寄ろうとしても、その窪みに躓いて転んでしまう。アーサーもフランシスもそれを知っていた。だからもどかしいほどゆっくりと、歩を進めるしかなかったのだ、今までは。だけれど。
「ねえ、ねえアーサー」
呆然と名前を呼んだのはフランシスだった。アーサーはわかってる、と言う代わりにゆっくりと頷いた。
それは、蕾がゆるりと花開くように。
太陽が、空を染めるように。
二人の間に横たわっていた、近くて遠いあの道が、平らに均されているということ。
アーサーにも、フランシスにも、ちゃんとわかった。
これが、本当の愛だということ。
それを語る言葉は、だから必要ないのだった。


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