フランスという男

笑お、と言った。そう言えば笑ってくれると思った。

フランスという男は、全くもって警戒心の強い猫みたいな奴である。だから首輪をかけてやりたかったのだと思う。あるいは、鈴を。
スペインはそう考え、ため息をついた。自分のくだらない思考に、ではない。目の前で繰り広げられる光景に対してだ。
「なあ、いつまで、」
こうしてるつもりなん?
くい、と髪の毛を引けば、微かに詰まる息。それが生むのは確かな快楽で、だからスペインはにっこりと笑う。退屈なこどもがオモチャを与えられたみたいにキラキラ目を輝かせて。
「これ、こういうの、ええの?」
フランは、ほんまに。そう言かけた言葉は、そこで一旦宙に浮いたままになる。今まで大人しくスペインの股間に顔を埋めていたフランスが、突然ソレの先端に鋭く尖った舌を突き立てたからである。
「……そういうの、萎える」
から、やめて。と、そう目を伏せて言って、フランスはスペインの屹立した性器に触れるだけのキスをした。まるで幼い子供がするみたいなその口付けに、スペインの背筋をぞわぞわと快感が這い上がる。今フランスがしている行為と、そのキスはあまりにもかけ離れているから。そしてそんなアンバランスさがたまらなくスペインの身体を熱くする。
じゅ、とわざとらしく下品な音を立ててフランスはまたスペインのモノにむしゃぶりついた。そうしているフランスの目に涙が溜まっていることくらい、いくら俯かれていたってスペインにはお見通しだというのに。
ごめんね、と呻いたのが分かる。そうせずにはいられない、その気持ちも。
スペインには、分かるのだった。

フランスが誰かのものになったことなんて、それこそ数えるほどしかない。誰のものでもないことの方が圧倒的に多かったから、スペインは忘れていたのだ。
それは、普段決して意識しないもの。運命というものは、本当にあるということ。
まるでそれがそうであるため作られたかのように、フランスはイギリスに惹かれ恋をし、愛し、そして、ついにはその愛を紆余曲折の末に成就させた。それがおよそ百年前。

「あし、邪魔」

低く、しかしあくまで楽しくて仕方ないという風にスペインは言うけれど、その手はだらりと下がったままで、例えば先ほど邪魔だと言ったフランスの脚を退かそうともしない。
スペインは知っているのだ。この関係に於いて、フランスが自分の中だけで取り決めた、みっつのこと。
ひとつ、この関係を誰かの所為に――スペインの所為にすらも、しないということ。全て自分の意思で行っていることであり、誰の思惑も介入していないという、ポーズ。そんなものがフランスには、必要だった。それは大事に大事にしている恋人に対するなけなしの誠意でもあったのだろうけれど。
フランスはおずおずと脚を開いた。スペインはだから、にんまりと笑う。
ああ、なんて可哀想なフランス。そうやって何でもないフリをしたって、破滅は、もうすぐそこでぱっくりと口を開けているというのに。スペインにはどうしてもフランスが、底しれない絶望に食われるのをただ待つだけの、哀れな生贄にしか見えないのであった。
そしてこの場合の絶望は、スペインと同じ顔をしている。
「なあ、笑お?」
フランスが決してそうしないことを知っていながら、絶望はまた、にたりと笑う。

フランスには罪がある。もう、どうしたって償うことの出来ない罪が。
それは細やかで悪気のない、だから、あるいは人は、それを罪とは呼ばないのかもしれない。
しかしフランスはそれを罪だと思うし、スペインだってそれを一生許しはしないだろう。そんな罪を、フランスは持っている。
その罪をフランスが自覚した時、スペインは特別何かを望んだりはしなかった。ただただ、呆然とするフランスのサファイアをじぃっと見つめた、それだけ。
スペインからすれば、フランスはある程度それを自覚して立ち回っているのだと思っていたから、なんというか、拍子抜けしたのだ。何もかも、全て彼の手のひらの上だと思っていたので。
つまり、やぶへびというやつだった訳で。本来、フランスはそれを知る必要なんてなかった。スペインが、本気でフランスを好きだなんてこと。どれだけ、なにを、踏みにじってきたのかなんてこと。
「……何をしたらいいの」
何を望んでるの。静かに言ったフランスが、そんなことを言う必要も、もちろん本当に何かをする必要もないことくらい、――そんなことくらいスペインにだって分かっていた。だけれど。
「……何かして、って言ったら、その通りしてくれるん?」
スペインはにっこりと笑った。フランスの性格を、スペインは嫌という程知っていたから。彼の、彼には愛らしく見える恋人を盾にすれば、大概のことは成せてしまうであろうということ。
「なんでもするよ、お前が望むこと。俺個人で出来ることなら」
国という関係を介さないならば、とスペインの予想通りの答えをフランスは返した。その瞳は悲しみに濡れているようでも、怒りに燃えているようでもあった。スペインには後者に見えたけれど。
そんな目をするフランスはもう、どうしようもないところまで来てしまっている。それがスペインには、嬉しくて堪らない。
「……なあ、わかるやん?」
ここで、こういう場面で、スペインがフランスに望む、罰。察しのいいフランスにはちゃんと、わかる。
もしここでフランスがもう少し疎ければ、あるいはもう少し聡ければ。スペインの言った言葉を、冗談に変えることも出来たのに。フランスには出来なかった。そう、しなかった。
スペインが本当に罰を与えたがっているのは、誰なのか。それを知っていたから。

「……フランス」
急かすようにスペインが名前を呼ぶから、フランスははふはふと忙しなく息をして、それからゆっくりと腰を落とした。ひどい圧迫感に胸が詰まって、これをする前はいつも食事を抜く羽目になる、とフランスは昔スペインに零したことがある。
確か、あれはとても荒れた時代だった。何でも出来て、しかしそれでも満たされない不思議な時代だった。そんな昔の、まだこんな歪な関係になる前の些細な会話、きっとスペインは忘れてしまっているだろうけれど。
あの頃の方がいくらか、二人は賢かったのかもしれない。少なくとも、こうなってしまうことを無意識に避けられる程度には。フランスはゆるり、目を閉じる。

これでもか、というほどに眉間に皺を寄せたフランスのその表情を、スペインはまじまじと見つめていた。息を殺すように。ひっそりと、絡みつくように。
しかし、それ以外のことは何もしなかった。
フランスの息が整うまでのおよそ二分間、スペインはぴくりとも動かなかった。それこそ、指の一本でさえも。
スペインはじっと、フランスの涙の滲む閉じた目や、上下する胸、いつもは執拗にセットされているのに今は激しく乱れた髪、ぴくぴく痙攣する唇などを見ていた。ただ、見ていた。
「……ぁ…っん…」
五感全てでフランスを感じて、スペインはやっと大きく息を吐くことが出来た。なあ、フランス。
「好きすぎて、もう息も、できへんの」
知らんやろ?
言ったスペインは、フランスの腰をさわりと撫でて、それから思い切り爪を立てた。薄いフランスの皮膚は、それだけで血を滲ませる。
いっそ壊してしまいたいと思った。愛してるから。儘ならないから。愛とはすなわち、免罪符だ。
スペインのその手をフランスは柔らかく掴んで、そっと指を絡めた。
「…ば、か」
ゆっくりと、しかししっかりとスペインの手を握って。
「ばか」と、自らの恋人の口癖を、もう一度フランスは言う。
「…しって、るよ」
そんなこと、ずっと前から。
その言葉を聞いた瞬間、スペインの目からつう、っと冷たい雫が流れた。それは耳を伝ってぽたり、シーツに小さく、染みを作った。

首輪を、鈴をかけられたのは、一体どちら?

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