いばらの花 最終話(未完)
2012/08/08 19:52

いばらの花 最終話


「土方さんの様子がおかしい?」
「そうなんだよ。今まで着信音とかピピピってやつあるでしょ?いつのまにかプリキュアになってたり。しかも初代。まぁ世代的にあの人は初代だろーけど。それにマガジンしか持ち込み禁止してたのにジャンプ読んだり……どうにもおかしいんだよね」

ほとほと困り果てた様子で山崎は頭を抱えた。彼ら監察方はこの数ヶ月、土方の命によって日々勢力を拡大する伊東一派の動向を探っていた。奴らは局長の座を狙っているかもしれないという土方の言葉に山崎自身もそう感じる節はあった。
しかし頻繁に会合を開きはするものの妙な動きが見られない。だが確実に人数は増え、よく見知った顔も見るようになる。そして会合を重ねるうちに、彼らは大抵が土方側の人間に白々しい態度を取るようになっていった。
そうこうしているうちに、今度は肝心の土方の様子がおかしくなってしまったのだ。着信音しかり、愛読誌しかり、つまるところ昨今有名になりつつある「オタク」と化しているのだ。
蘇芳はお茶を啜りながらそれのどこがいけないのだろうと頭を捻った。人の趣味は様々だ。確かに伊東一派の動きは警戒すべきものだが、あの副長がオタクになっても仕事に支障をきたさなければ問題はないはずだ。
そう言う蘇芳に山崎は深々とため息をついた。

「なんですかそのため息。別にいいと思いません?私だってお通ちゃん大好きですよ。どのくらい好きかというとFC入ってお通ちゃんのステージ衣装のコスプレして熱唱したビデオ送っちゃうくらいです」
「初耳なんだけど。いや、別にオタクを否定しないよ?でも仕事中も上の空だったりキュンキュンとか呟いたり……士気が乱れるって伊東さんが目の敵にしてるから心配でさ……」
「そっか……」
「蘇芳ちゃんもさ、自分の仕事あるだろうけど副長のことよろしくね」
「はい。もちろんです。何かあったら私が土方さんを守ります!」
「蘇芳ちゃんが言うと頼もしいや」

二人はひとしきり笑いあってそれぞれ仕事に戻った。
一人になって蘇芳は山崎と交わした言葉を思いだす。守ります、なんて言ったものの果たして敵は誰なのだろう。何から彼を守ればいい?伊東一派はまるで暗雲のようにして暗い影を落としているがあくまでも灰色の存在である。
霞の中で位置もわからず、まして実態の定かでない敵を切ることは容易ではない。刀を振るうだけならいくらでもできる。しかし振るった先を見誤っては取り返しのつかない惨劇が起きてしまう。そう考えるとにわかに背中に冷たいものが走る。蘇芳は刀の柄を握り締めた。
もしも土方一派と伊東一派の対立が誰の目にも明らかになったとき、果たして自分の上司はどちら側につくのだろうか。

「蘇芳。んな所にいやがったか」

聞き慣れた声に顔を上げると、総悟の姿があった。慌てて柄から手を離す。

「沖田さん。どうかしましたか?」
「仕事の話だけど……どうした?具合でも悪ィのか?」
「え、」

何のことかと問う前に総悟の指が額に触れて身体が勝手に一歩、後ずさる。暖かい指先が額にへばりついた前髪を横に流した。まるで寝起きの赤ん坊のように蘇芳の額はしっとりと濡れていた。
目の前で優しく笑う総悟に心臓が早鐘を打ちはじめる。いつもと同じ、蘇芳にだけ向けられる特別な笑顔。かつて彼が姉に向けたような、あるいはそれ以上の愛情を含んだその笑顔が今は怖い。
この人がもし伊東一派についたら、私は彼と戦わなければならないのだろうか。間違っても敬愛する土方から離れるつもりは毛頭ない。果たして彼を斬ることができるだろうか。その瞬間を想像すると身を切られるような思いである。
動揺を悟られぬよう素面のふりをして蘇芳は笑った。

「ちょっと忙しくて走り回ってたんです。元気ですよ」
「でも顔色悪ィぜ」
「外にいたものですから。今日、とてもお天気でしょう?」

窓越しに見上げた空はまだまだ真夏の名残を見せる晴天だった。雲の合間をかい潜るようにして真ん丸とした太陽が高い位置から見下ろしてくる。爽やかな秋風はきらめく木々を揺らしては何事か密めきあう。
蘇芳は眩しそうに太陽を見つめていた。黒々とした自慢の髪は光を浴びて艶を増し、細めた瞳から宝石のような青色が輝く。釣られるようにして同じ方を見つめていた総悟がふいに口を開いた。

「なぁ……」
「はい」
「俺ァ、いつまで待てばいいんだ?」

何の話ですか、と口にしそうになり蘇芳は真っ直ぐ見つめて来る総悟の視線に身体の自由を奪われた。悲しんでいるような、期待しているような、形容しがたい視線で見つめられて息が止まる。まるで散らかしたまま忘れていた硝子の破片が指先に刺さり、そこに塗られた毒が全身に回っていくような感覚。じわりと滲む自分のものではない熱に驚いて腕を見れば総悟が縋るように掴んでいる。まただ。触れられれば氷はいともたやすく溶けて流されてしまう。なのに溶ける前に逃げようとしても、逃げられない。

「駄目なら早いとこそう言ってくれたほうが楽だ。情けねぇや。一人の女のこと考えただけで意味もなく焦っちまう。天下の一番隊隊長がこんなんだって知られたら笑われちまうぜ」
「あの……待って、離して下さい……」

触れた腕は滲みるような熱を持つ。少しずつ総悟が距離を詰める。目を逸らすことすら敵わないくらい近づいた顔が、唇が、瞳が、色を含んで見えた。
逃げなければ。流されては駄目。そう言い聞かせてみたところで身体は動かないままだ。きっと心の深淵ではその唇に触れて、呼ばれて、溶け合いたい気持ちがあるのだろう。受け入れてしまえば蔦のように絡み付く切なさから解放されるとわかっているのに。
距離は詰まる。すっかり大人しい蘇芳はまるで他人の飼い猫のよう。唇から漏れる互いの吐息は交じり、その甘美さで蘇芳の脳髄を麻痺させた。
ああ、炎が灯る。
しかし、

「沖田くん」

総悟は小さくため息をついて振り返った。あと少しだったのに。二人の距離は離れる。
現れたのは件の伊東だ。男はガラス越しの目を細めて薄い愛想笑いを浮かべた。蘇芳はその笑い方が苦手だった。気付かれないようにそっと総悟の背に引っ込んだ。

「遅いから心配して来てみれば……二人とも、仲が良いのは結構だがもう少し時と場所を選んだらどうかね」

その言葉に蘇芳は顔に血液が集まるのを感じた。決して羞恥心からではない。まるで馬鹿にしたようなその言い方に、頭に血が上ったのだ。
もう子供じゃない。あの一瞬一瞬が大切で真剣で、だからこんなに苦しい思いをしているのに。
きっとあなたは人を愛したことがないのでしょう。だから愛に苦しむ気持ちもわからないのでしょう。
口をついて出そうになったが、それより先に総悟が口を開いた。

「何を邪推してんのか知りやせんが、あいにく俺の片恋慕でさ」
「おや、そうなのかい」
「ええ。それと、もうちっと空気読んでくれませんかね。博識な先生ならご存知でしょう。人の恋路を邪魔する奴ァ、馬にでも蹴られて死んじまえってね」
「肝に命じておくよ。しかし、そういうことは仕事の話をしてからにするんだね」

伊東の視線は二人ではなく総悟の手に握られた資料に向けられていた。言いたいことを言い終えたのか伊東は静かに去っていった。
胸の内に渦巻いた鉛のような気持ちを吐き出そうと蘇芳は窓の外を見つめた。
あれ程澄み渡っていた空はいつの間にか雲が立ち込めていた。太陽の姿はない。






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