いばらの花 第二話
2012/08/07 13:56

いばらの花 第二話


「ありがとうございました!ありがとうございました!!本当に何とお礼を申せばいいのか……」

狭い路地裏に男女が二人。その足元にはチンピラ風情の男が三人、それぞれ一撃を食らい意識を失っている。
先程からしきりに礼を受けているのは女の方、山口蘇芳である。へこへこと頭を下げつづける男に少し辟易しながらも、いえいえ困った時はお互いさまですからと微笑む。
男はみるからに良家の坊という見た目をしており、また腰から見事なお飾りの刀を下げていた。お供もつけず、治安のいいとは言い難いかぶき町をうろつく世間知らずの様子。それを狙ったチンピラに絡まれていたところを蘇芳が助けたのだ。
あらあらまあまあとわざとらしい声を上げた蘇芳が颯爽と間に割って入るとチンピラたちは間の抜けた顔をして、下品な笑みで彼女を囲んだ。

「大勢で何かご用ですか?うちの坊ちゃんにご用でしたらあらかじめアポをお取り下さいませ」

何食わぬ顔で抑揚無く吐き捨てる。彼女は坊の側近の振りをすると刀に手をかけた。

「こちらの坊ちゃんがよ、俺らにぶつかって来たんだよ。いやね、謝ってはもらったよ?でもそれ相応の謝り方ってモンがあるだろ?」
「あらー申し訳ありません。こんな派手な見た目ですけど、なにぶん田舎から出て来た右も左もわからない芋っ子なもので。ね、坊ちゃん」
「あ、あぁ」

何者かは知らないがどうやら味方らしい。坊は素直に話を合わせ頷いた。
しかし助けに入ってくれた彼女は何者なのか。坊は視線を泳がせながら彼女の成りをみた。その高い声と顔立ち、慎ましく膨らんだ胸から女であるのは間違いない。酔狂ぶってか男物の濃紺の袴を履き、腰には重たそうな刀が一振り。まさか仲裁に来たのだ、自分と一緒でお飾りということはないだろう。しかし、頼るにはあまりに小さな背中だと坊は不安と緊張で今にも吐きそうだ。

「芋なら芋で、俺らがかぶき町のルールを教えてやるからさ」
「芋はうちの坊ちゃんだけですから。私はバリバリのかぶきっ子ですので、今後皆さんにお会いしたとき無礼のないように躾ておきますね。では失礼。行きますよー坊ちゃん」
「おいコラ待て、その坊ちゃんが嫌だっつーなら姉ちゃんが、」

坊の腕を引いて立ち去ろうとした蘇芳の肩を男が掴んだ。男は振り返る蘇芳を見定めるように無遠慮な視線をぶつけて来る。

「私がなんですか?」

すっと目を細め口元に薄い笑みを浮かべて蘇芳は続きを促す。しかし促した続きを聞くこともなく、彼女は肩に置かれた手を握りかえすとそのまま強く捻り上げた。

「いででででで!!」
「私も暇じゃないんです。こちらが穏便に済まそうとしてるんだから、さっさと退いたらどうですか?」
「何さらすんだこのアマ!」
「私から言わせれば何すんだこのクソ野郎ですよ。どうすんですか?退くんですか退かないんですか」
「調子に乗ってんじゃねぇぞ!!野郎共々やっちまえ!!」

そこからは速かった。坊は女が掴んでいた腕から耳を塞ぎたくなるような音がなるのを聞いた。立て続けにかかって来る男二人のがら空きの腹に刀の鞘が重たい音でぶつかる。
恐怖に目を閉じた一瞬で決着はついた。男三人が転がる中に、女が一人顔色を変えず立っていた。

「大丈夫でしたか?」

そう問う女の笑顔は、男三人を瞬殺したとは思えないほどに可憐であった。

蘇芳は当たり前のことをしたまでだと主張するが、坊は頑なにお礼をしたいと言って引き下がらない。やれやれどうしたものかと頭を悩ませているところに携帯が鳴った。着信は沖田である。
これはチャンスだと言わんばかりに、蘇芳は仕事で忙しいのだと逃げるようにしてその場を去った。もちろん電話にはでない。なぜなら貴重な休日に面倒事に巻き込まれるのは御免だからだ。


江戸に住むようになってからあのような場面に出くわすことが頻繁に増えた。もともと住んでいた村が田舎すぎてトラブルらしいトラブルがなかったというのもあるが、それにしたって本日三件目だ。物騒なものである。
試験を受けてすぐくらいに土方に連れられてかぶき町を歩いたことがあった。その時に「厄介事には首を突っ込むな」と言われていたが蘇芳の中の正義感は彼女の理性を無視して勝手に行動を起こす。たまにチンピラたちに顔を覚えられていたらどうしようかと思うこともあるが、女だてらに袴を履いて帯刀している時点で愚問だろうと考えるのを止めた。
ようやく覚えはじめたかぶき町の街中をあてもなくふらふら歩く。行き交う人々は実に様々、また天人の多いこと多いこと。ほとんどが初めて見る天人で、蘇芳は思い切り見つめそうになるのをどうにかこらえる。
ふと目についた珈琲屋の看板。珈琲屋というよりは喫茶店といった様子のそこはレンガ造りがレトロな雰囲気を醸し出している。ショーケースをのぞけばいまにも甘い匂いがしそうなイチゴパフェ、チョコレートパフェ、抹茶パフェ……それ以外にもショートケーキにパンケーキ、葛切りにあんみつなどたくさんの誘惑。蘇芳は食い入るようにしてそれを見つめた。ちょうど小腹も空いたことだし、軽食がわりに何か甘いものでも食べていこう。しかしこうもたくさんあっては悩む。コーヒー、サンドウィッチ、お好きなケーキで1500円のセットにするか、ジャンボパフェ1800円か。はたまたミニパフェ580円全種類か。
腕組みしながら悩んでいると後ろから、

「ここはイチゴパフェがうまいぜ」

と、けだるそうな声。
振り返ったそこには白髪のパーマ頭が特徴的な着流し姿の男が立っていた。

「そうなんですか?」
「いや、全部うまいんだぜ?しかしここのイチゴパフェには秘密があってだな……」
「秘密……ですか?」

名も知らぬ謎の男の話に引き込まれ、蘇芳は息を呑む。真剣な眼差しで見つめて来る男が静かに口を開いた。

「カップルでのご来店に限り、次回有効ケーキサービス券が付く」
「…………」
「つまり……どういうことかわかるな?」

男はニヤリと笑い、無言で右手を差し出した。蘇芳も頷きその右手を握りかえす。甘味好き同士、もはや語ることは何もない。

「素晴らしい秘密をありがとうございます。申し遅れましたが、私山口蘇芳と申します」
「俺はそこで万事屋銀ちゃんっつー店をやってる坂田銀時ってモンだ」
「よろずやさんですか?」
「おう。お嬢さん、最近この町に来たんだろ?袴姿に帯刀した女がいるって結構有名だぜ。俺もたまたま見かけたモンだからよ、ついつい見てたらここで立ち止まって甘いもん見てるから声をかけねぇわけにゃいかなくなったのよ」
「坂田さん独り身なんですか?」
「……直球だねぇ。独り身だから声かけたんだけど。いやね、うちにも居候の娘っ子がいるっちゃいるけど……あんなん連れてカップルですなんっつたら俺は豚箱行きだな」
「……見た目でアウトってことは同棲の時点でアウトなんじゃないですか?」
「うわっ、同棲とか生々しい言い方すんなよ!俺ァ同棲すんなら断然蘇芳ちゃんみてーな黒髪美少女だな、ウン」
「多分、私と坂田さんでもアウトだと思いますよ。私まだ18なので」
「恋愛は自由だってーのに、未成年との交際はアウトっておかしいと思わない?俺ァ当人さえ合意ならなんでもアリだと思うわけよ」
「確かに。それは最もですね」
「だろ?つーわけでケーキ食ったら銀さんと時間無制限で一発勝負なんてどうよ?」

締まりのない顔で言う銀時は半分本気で半分冗談である。
蘇芳は至極真面目な顔をして、

「構いませんよ」

と返したから銀時が食いついた。

「嘘ォ?!その清楚なナリしてそんなこと言っちゃうわけ?!銀さんガッカリだよ!いや、なんかおいしいっちゃおいしいけど……なんか詐欺られた気分ンン!!」
「えっ……だって坂田さんが振ってきたんじゃないですか」

そういう彼女の視線は銀時の腰からぶらさがった得物に向けられている。洞爺湖と彫られた随分と使い込まれた木刀である。
しかし別のところを見られていると勘違いした銀時はさっと顔を赤らめて身をかばった。

「ちょ、最近の若い子はこんなに積極的なの?いーい時代だなオイ」
「こういうことは実践が大事ですから」
「そーね。やっぱし雑誌やビデオじゃ大事な部分が見えて来ないからね」
「はい」

すれ違う会話に気付かぬ阿呆二人はうんうんと頷き合う。とくに銀時は実感の篭った様子だ。

「でも、そういうことなら動いてからパフェですよね。私、食事してから運動すると脇腹痛んじゃうんです」
「ハードすぎるだろソレェェ!!かなりの動き具合じゃね?俺がんばっちゃうよ?大丈夫?」
「大丈夫です。では早速……」

蘇芳は身を屈めると腰に下げた刀の柄に手をかけた。彼女から流れてくる冷たい空気とその手の位置に違和感を覚えた銀時は一本後ずさる。

「あれ?なんかおかしくね?」
「……参ります!」

蘇芳は刀を抜き、そのまま流れるように腰から右肩へ刃を薙いだ。しかし咄嗟に銀時が身を退いたためそれは中空に一閃しただけだった。

「おいィィィ!殺す気かっ?!あっぶねー!びっくりしすぎて涙出そうなんだけどォォ!!」
「……え?」
「え?ってこっちのセリフだっつーの!!」
「だって勝負って言ったら……」

冷や汗を浮かべて青い顔をしている銀時につられ、次第に蘇芳の顔も色を失い冷や汗が浮かびはじまった。
どうやら、何やら盛大な勘違いをしたようだ。
しかし何を勘違いしたのか、切り付けておいて聞くのも憚れる。
互いに何を言ったものか、妙な空気をどうすることも出来ずに二人は無言で喫茶店のドアを開いた。



(どーでもいいはなし・みかん)
「うちの上司がどうしようもないドSでほとほと参ってるんです」
「ほう」
「まあ、最初は自称してるだけかと思ったんですけどね。けど事あるごとに愛情表現を装ってはヘッドロックだ卍固めだ技をかけてくるんですよ。『今日もかわいいじゃねぇかよし抱きしめてやる』っつてアルゼンチンバックブリーカー決められてみて下さいよ。私間違った愛情を覚えそうです」
「蘇芳ちゃんも苦労してんだな」
「この前ついにやり返してしまいました。その日は『かわいい』じゃなくて『キレイ』っつて言ってきたんでいつもよりハードな技をかけて来るのがわかったんですよ。腕が伸びてきた時点でつい投げ飛ばしてしまいました」
「やるじゃん。ドSは打たれ弱いガラスのハートだからね、そりゃ効くわ」
「ところが投げ飛ばした先にそのドS上司のまた上司がいてとんでもない大騒ぎになって叱られました……」
「あらまァ」

…………………
……………
………

追記

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