きり丸連載 5
2013/03/21 22:40


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早く早く早く早く!
きり丸は息を切らしながらくのいち教室への道をひた走る。高い塀に沿って植えられた桜の美しさも、鮮やかな青空もきり丸の目には入らない。景色は桜吹雪と一緒に全て流れていく。
ようやく自由行動のお許しがでた。入学式から一週間、ずっと初音に会うことばかり考えて毎日を過ごして来た。三日目にくのいち教室を見学に行った際は初音の姿を見つけることは出来なかった。いや、そもそも罠にかけられて正直初音どころではなかったのだ。
今日はあの怖いユキたちは外出していて明日まで帰らないと聞いた。初音に会うなら今しかない。

「きりちゃんー! は、はやいよー!」

哀れ、きり丸に付き合わされた乱太郎はすでにくたびれていた。しっかり手を握られて逃げることはできない。返事をすればその分だけ体力を消費するのできり丸は何も返事をしなかった。
やがて立派な屋敷が前方に見えてきた。この広大な敷地をずっと走ってきたため、脚は鉛のように重くなり、もはや持ち上げるのも一苦労だったがそんなことも言ってられない。縁側に跳び乗ると、一目散にくのいちたちが使う教室へと向かった。

時は少し遡り、くのいち屋敷はにわかにざわついていた。愛らしい姿の少女たちが両側から初音の腕を掴み、逃がさぬようにして円座を作っている。
まだまだ制服に着られている感の拭えぬ少女たちのうち、栗毛の少女が神妙な面持ちで口を開いた。隣の少女と肩を組んで身を乗り出し、勢いがよい。

「男の子が二人、くのいち屋敷へ来ようとしているわ!」
「ここはやっぱり、留守を預かる身としてそれ相応のおもてなしをしなくちゃいけないと思って」
「……で、私が呼ばれたわけか」

初音は円座を共に組む、五人の少女たちの顔を順番に見ていった。皆、今年の新入生である。

「初音ちゃんなら私たちより歳をとってる分、」
「当然くのいち屋敷の罠を全て把握してるでしょう?」
「お前それが人に物を頼む態度か」

すぐ両脇にいる少女二人を交互に睨み付ける。全く同じ顔をした双子は睨まれようが気にすることはなく、ツンとすましている。ひきつる初音の顔を見てか、五人のうち一番小柄な少女が泣きそうな顔をした。この娘はすぐに泣く。

「あ、あんまり初音ちゃんを怒らせないで下さい……」
「大丈夫だ、お前には怒らん。とりあえず話は聞いてやるから、美鶴が説明するように。双子は黙ってろ」
「ねぇ、私は?」
「小鳥も黙ってろ」
「むぅ、つまらない!」

小鳥と呼ばれた栗毛の少女はあからさまに頬を膨らませて不満を表した。そんな小鳥の頭を撫でながら美鶴が話し始める。

「一人は黒い髪の毛を結わえた、背の高い子よ。この前はトモミちゃんにこてんぱんにされてたわ。それと、もう一人は髪の毛が薄い、眼鏡をかけた子。ユキちゃんに付き合わされて散々な目に遭ってたみたい」
「それで、具体的にその二人にはどんなもてなしをしたいんだ?」

初音はにやりと笑い、美鶴に問うた。

「そうね……私たち五人の意見としては、くのいちのほうが優秀だってことを知らしめるためにも、落とし穴に落として上から見下してやりたいわ!…………って小鳥ちゃんが言ってたわ」
「なら入り口の奈落を使うといい。……お前たちにも使い方を教えてやろう」

おもむろに立ち上がり、初音は楽しそうに少女たちへ指示を出す。泣き虫で到底人を騙すことなんて出来そうも無い時緒と、そんな時緒の姉のように面倒見がよい美鶴には二人を迎えに行くよう、喧嘩っ早い小鳥に、とにかく生意気でしかたない双子の朧と霞は部屋に残した。
耳を澄ませば、その客人たちはすぐ近くまで来ていることが足音でわかる。一年生を罠にかけるのは少し可哀相だと思うが、別に私は手を貸すだけであって、直接手を下すのは同じ一年生のこの五人だ。言い訳がましいが初音は自分にそう言い聞かせて床を蹴ると、天井の僅かな隙間に手を掛けぶら下がった。その跳躍力に小鳥たち は素直に驚きの声をあげる。片手でぶら下がったまま、天井板をずらすと随分と年季の入った朱色の縄が下りてくる。初音は着地した。

「さて、この縄を引っ張るとどうなるか……お前たちは賢いくのいちだ。教えなくても、すぐさま実戦に移せるな?」

三人に目線を合わせてそう問うと、全員がにこりと微笑んだ。

やがて障子戸の向こうから楽しそうに会話をする四人の声が聞こえてきて、初音と三人は息を殺した。初音は踊る胸の内を隠して無表情でいたが、三人の少女たちはこれから起こるであろうことを想像してか必死に声を抑えている。くすくすと小さな肩が震え、可笑しさの余り痛み出した腹筋を押えている。
部屋のまん前に足音がやってきて、一時停止したのを感じ取ると初音は指を口元に当てた。三人がはっとして息を飲む。初音が手を上げたら、縄を引っ張ることになっていた。

「おっじゃましまーす!!」

元気のいい声が二つ重なり、障子戸が開かれた。その小さな足が踏み出したのを見て初音が手を上げる。縄が引かれるのと同時についさっきまで畳があったはずのところに大きな穴が開く。きり丸と乱太郎は穴が開いたと認識することもなく、一瞬にしてその穴の底へと落ちていった。

「……と、まあ、この縄を引くとこのように出入り口のからくりが作動するようになっている」

叫び声が響きながら小さくなる。作戦は大成功だった。

「やったぁ!! 大成功っ!」
「やだ、すっごく深いのね、この穴」
「ふ、二人とも、大丈夫ですかー?」
「くのいち教室からのおもてなし、」
「お気に召しましたかしら」

「気に入るかバカヤロー」、「野蛮人!」と深い深い穴の底から文句が飛んで来るが、生憎くのいちの少女たちはそんな言葉に傷付くほど繊細な作りではない。一人おろおろとしている時緒を除いて、少女達はきゃっきゃと喜びの声を挙げた。
そんな少女達と一緒に楽しそうな顔をしていた初音だが、聞き覚えのある声に反応して怪訝な顔をした。そして穴の底を覗き込み、止まらない文句にひとしきり耳を傾けた後、おもむろに穴の中へと飛び降りた。周りの少女達が驚いて悲鳴を上げる。驚いて悲鳴を上げたのは少女達だけではなく、穴の中の二人も同じであった。

「お前……きり丸か!」

次に驚きの声を上げたのは初音だった。飛び込んだ先の穴の中で立腹している少年のうち、一人はあのきり丸だったのだ。
おもわず顔の筋肉が緩むのを感じる。学園へ来ないかと声をかけたはいいものの、それ以来初音が寺へ行く事はなく、きり丸という少年との付き合いもこれきりになるだろうと思っていたからだ。
数ヶ月ぶりにみたきり丸の顔は、暗闇の中でも大人びたのがよく分かる。髪の毛もすこし伸びたようだし、ひょろひょろしていた骨のようだった体もしっかりとしたものになっていた。

「初音姉ちゃん!!」
「えっ、この人が初音先輩?」

きり丸は素直に嬉しそうな声をあげ、初音に抱きついた。幼子が母親にするようにきつくきつく抱きついて離れようとしない。「本物の初音姉ちゃんだ」などと実感を込めて呟くきり丸に、初音はその頭巾の頭を撫でてやった。
きり丸と同じように戦で家を失った立場として、知った人間と再会できたときの大きな喜びは初音もよく知っている。甘えてくるきり丸が本当の弟のように感じられて、自然と声が優しくなった。

「友達か?」
「うん。乱太郎っていうの」
「そうか、乱太郎か。きり丸に着いてきたせいで、随分と不運な目にあったな」
「そんなことないです。噂の初音先輩にもお会いできましたし!」

丸眼鏡の向こうの瞳をきらきらさせながら、乱太郎は興奮気味に言った。

「きりちゃん、入学式の日からずーっと初音先輩のことばっかり喋ってました。俺の命を助けてくれた、強くてかっこいい、素敵な先輩がいるんだって。その人に誘われて入学したんだっていってました」
「乱太郎! 余計なこと言うなよ!」

きり丸は初音から体を離してまくし立てるように言った。恥ずかしそうに鼻の頭を掻いて、ぷいっと横を向いてしまう。その顔は暗闇の中でも慣れてしまえば、真っ赤に染まっているのがよくと分かった。

「入学するまで大変だったろう?」
「するまでも大変だったし、してからもすっげー大変」
「ふふ、くのいち屋敷に来て穴に落とされたりか?」
「そうっ! てめーら後で覚えてろよー!!」

遥か高い位置から覗き込む少女達に向かってきり丸は怒鳴りつけた。きゃあ、怖ぁい、なんてわざとらしい声が聞こえてきて余計にいらっとする。初音はくすくすと笑うと、静かに立ち上がった。

「ま、今日の日もいずれいい思い出になるさ。安心しろ。学園の男共でくのいちの罠にかからなかった奴は一人もいない」
「ちぇっ」
「でも、初音先輩がいてくれてよかったね、きりちゃん。先輩がいなかったら私たち穴から出れなかったもん」

安堵の溜め息を吐く乱太郎の顔を見て、初音は首を傾げた。

「誰がお前達を助けてやるなんて言った?」
「へっ?」
「そもそも、この程度の罠に掛かるなんて情けないだろう。ほら、苦無は貸してやるからあとは自分達で脱出しろ」
「ええええ!!」

さも当然といった顔で、初音は二人の手に苦無を握らせると再会の余韻も感じさせることはなく颯爽と自分だけ穴から脱出してしまった。
あとに残ったのは、きり丸と乱太郎。そして使い方もよく分からない苦無が四本。

「初音姉ちゃんのアホー!!」

狭い穴の中、きり丸の叫び声はわんわんと虚しく響くばかりであった。



080328-091230
こう、基本的に女の子たちは年齢関係なく対等に喋ってるイメージ。
この話でつまってしまって放置してた。
結局1年生のオリジナルくのいちっ娘を大量生産で強制解決(笑)





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