きり丸連載 4
2013/03/21 22:38


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「忍ぶれど色に出でにけりわが恋は、物や思ふと人の問ふまで……」

酷く不調法な歌が耳に入り、しかしその内容に初音はどきりとして天井に目を向けた。一番隅の天井板が外され、逆さ吊りになった朱喜が何やら神妙な面持ちでウンウン唸っている。
赤い髪が一束垂れ下がり、これでろくでもないことを続けるようなら思いっきり引っ張ってやろうと立ち上がり、間を詰めた。

「さて問題。その歌の詠み人は?」
「いや、全くわからない」
「即答か。予想はしていたが……」
「鉢屋三郎が文を寄越してきて、その中に書いてあった。初音先輩のところで詠んできたら、うまいもんご馳走してやるって言われちゃってさぁ!なーに奢らせようかと思って!あ、知ってる?最近町にすっごく美味しい甘味所ができたんだって!」

顔を緩めて嬉しそうに、八重歯をのぞかせて笑う後輩を見て思わずため息が出そうになる。しかし、悪いのはこの娘ではないのだからため息なんて吐いては失礼だ。無知なのは仕様がない。馬鹿な子ほどかわいいと言うではないか。髪を引っ張るなんて、そんなことできるわけがない。

「鉢屋に、そんな歌には必要ない、と伝えてくれ。あとついでに一発小突いておいで。上手くやったら私も上等な菓子を馳走するから」
「やった!」
「順番を間違えないように。うまいものを奢らせたら小突くんだよ。間違えたらお前も私も損をするハメになる」
「はーい!んじゃ、早速行ってくる!」
「ちなみに詠み人は平……って行ってしまった」

話の途中だというのに朱喜の気配が消えた。とたんに部屋に静寂が戻り、外の音が近くに聞こえる。
ずれたままの天井板を戻して、屋根裏から降ってきた綿埃やらなんやらを外へ出そうと障子戸を開ける。そういえば朱喜も一体どこからどれだけの距離を屋根裏で伝ってきたのか、ところどころ埃にまみれていた。

障子戸を開けると春の暖かで柔らかな空気がさあっと頬を撫でて部屋へ流れ込んできた。春の匂いがする。庭先に並ぶ桜の蕾も色付き始め、大分ふっくらとしている。あと数日もすれば次第に咲き始めることだろう。今年は早咲きだ。
桜が満開になる頃には新入生もやってくる。そうすれば自分は最上級生。この美しく咲く桜を見られるのも今年で最後かと思うと、胸が切なくなってくる。およそ五年前、まだ少しだけ若かった山田に手を引かれここへやってきたときも桜は美しかった。優しい色が風と一緒に自分を包んでくれるようだった。

忍として、可愛い後輩の笑顔にほだされている様ではまだまだ甘いかな、など思いながら大きな綿ごみをつまんで外に捨てた。障子戸を閉める。

「…………」

化粧箱を取り出し、一等気に入っている鏡を覗き込んでみる。やや面長に映るものの、いつもと変わらない顔がそこにある。前髪は少し伸びたかも知れないが、顔自体はそうそう変わるなんて事がない。
好きな色の紅を指にとると唇へと乗せる。鮮やかな赤色は色の白い初音の顔には少し色味が強い。好きな色が似合う色とは限らないが、しかし初音の化粧は自分を飾ることが目的ではなく変えることが根底にある。あらかじめ薄い化粧でいれば、そこに色を足していくことで女の顔は変わってくる。濃い色を塗って、そこに白粉を叩 いて色を消してしまうことだってできる。
だからいいのだと、化粧を覚えてからは半分意地を張って似合わない赤色を使い続けた。

(しかしなぁ……)

忍ぶれど、なんてそんな句を私は体現しているだろうか?
色の薄い瞳が鏡の中から問い返してきて、初音は俯く。忍ぶれど、忍ぶれど、やはり女は恋をした時点で変わるのだろうか。幾ら言葉や態度で己を偽ろうと、心の奥底、一番深い部分は偽りきれないのか。それも、他人に知られてしまうほどに。だから女忍は男忍以上に色を禁じられるのか、果たして。
男はずるい。女が好きでもない男に抱かれるのは苦痛以外の何物でもなく、それでも声を上げて悦ばねばならぬというのに、男ときたらよっぽどの醜女でも無い限り気持ちよさそうに腰を振っている。
男はずるい。子種を打てばそれで終わり。女はそれによって孕むことを恐れて一月を過ごさねばならないというのに。禁じられた色を使わねばならないというこの矛盾。

一つの歌でこんなにも色々深く考えてしまうのは一人の男に懸想しているからか。それともくの一としてやはり甘いということか。どちらにせよ、今後鉢屋三郎という男には注意せねばなるまい。



080328
忍ぶれど……→平兼盛の歌
朱喜ちゃん→My Chicken の、Kちゃんちのお嬢さん。おばかのおおぐいでかわいいこ!





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