きり丸連載 3
2013/03/21 22:37


--------------


「さて……きり丸よ。お主、初音が何を生業としているかは知っているか」
「生業?」
「仕事の事だよ」

焼き上がった芋を食いながら、きり丸は数カ月前のあの日のことを思い出していた。黒の装束を身に纏い、刀を片手に音も立てずに走る初音の姿はまごうことなく女忍である。
だが今現在目の前に座り、湯気の立つ茶を啜っている初音の姿はただの年頃の娘である。おまけにご丁寧に頬紅口紅両方差して、長い髪を鮮やかな朱の組紐で結わえている。

「この前のことも忘れたのか?獣道、楽しかっただろう」

初音がにやりと笑う。
綺麗な顔をして、この笑みばかりは意地が悪そうでいただけない。きり丸は手元の芋に視線を落とした。綺麗な黄色が湯気を立てている。

「忘れちゃいないけど……。やっぱり初音姉ちゃんは、忍者なのか?」
「くのいちと呼んで欲しいな。まぁ、まだまだ見習いだけどね」
「くのいち?」
「初音のような女忍じゃよ。身寄りもなくては何かしら己の秀でた部分を生かした仕事でもしない限り、この世の中を生きていくのは苦しいからの……。初音はの、身体能力だけは素晴らしくてな。うむ」
「だけ、とは何だ」
「事実じゃ」
「腐れ坊主が……」

忌ま忌ましそうに初音が呟いた。
初音の湯呑みが空になったのを見計らったか、或はこの空気を悟ったか、弟子の一人が急須と茶菓子を盆に載せて部屋に入って来た。開いた襖の向こうに、子供たちが山になって群がっているのがちらりと見える。子供は皆、内証話と初音が好きだった。

「玉心殿。久しぶり」
「お元気そうでなによりです。南蛮の僧侶に戴いた菓子です。和尚が、初音様が来たら出すのだと隠していらっしゃったのですよ。きり丸、お前も慎んで頂きなさい」
「やりぃ!」
「芋を食ってからにしろ」

弟子に窘められ、きり丸は芋を口に詰め込むと茶で流し込んだ。初音は菓子と和尚を見比べながらにやにやと笑っている。心なしか顔が嬉しそうだ。

「ほう。和尚、初音の為に取っておいて下さったのですか。いつ、来るのかわからない初音の為に」
「黙って食え。まったく、可愛いげのない……玉心も余計なことを申すでない!」
「心得ました」

玉心は笑いをかみ殺し、そのつるりと剃り上げた頭を下げると部屋を出ていった。襖が閉まり、足音と子供たちの抑えきれないお喋りが遠退く。
初音は声を潜めて和尚に囁いた。

「和尚、玉心殿は初音に惚れているのですよ」
「まさか!あの堅物が」
「ご覧になれ。初音の皿には、ほら、梅が一輪」
「……ほう、洒落たことを……」

和尚は関心したようにの前の皿を覗き込む。南蛮菓子の乗った皿の端にはようやく綻び始めた紅梅の小ぶりな花が一輪添えてあった。仏門に仕える身の玉心にとっては、これが精一杯の愛情表現だろう。その花を初音はいとおしむ様に指先で撫でた。

坊主のくせに、女に惚れやがって。きり丸は襖の向こうに消えた玉心を思い出し、苦虫を噛んだような顔になった。初音は嬉しいのかもしれないが、どうも面白くない。胸の辺りがむかむかとして、目の前の南蛮菓子を鷲づかんで一口で押し込めた。もごもご口を動かしながら茶で流し込もうとしたが、茶が注ぎたてで熱いのを忘れ ていた。危うく口から零しそうになる。

「おっと、本題を忘れていたな……」

むかついたり口内を火傷したりでふて腐れたきり丸の頭を撫でて、初音が思い出したように言った。きり丸は今度は子ども扱いされたのが気に入らず、初音の手を払いのける。撫でられた頭が妙にくすぐったい。

「それでだな、うちの学園長がお前を是非一人前の忍に育て上げたいと言うんだ。お前みたいな奴は忍に合っているとか言い出して」
「……なんで?意味、わかんないし」
「私も全く意味がわからん。いつも思いつきで行動してるようなお人だからな。だから訊ねた。なぜかと。曰く、お前のような生への執着が強い人間なら、忍になったら任務も失敗するようなことがないだろうって事だった」
「?」
「忍といえば、やれ暗殺集団だとかなんだとか言いたいように言われているが、実際に人を殺める輩なんぞほんの一握りに過ぎない。大切なのは任務を全うすること、つまりは殺されずにいること、捕まったとてうまく逃げ出すことだ。……なんとなくわかるか?」
「ふーん……」

よくわからないというのが本音だったが、つまるところお偉方に気に入られたらしい。きり丸は興味のないふりをしたが、内心褒められたことに嬉しくて仕方がなかった。
忍者。初音と同じ世界の人間だ。小さい頃から木登りが得意だったから、格好良く壁を登り屋根を伝い、まるで風のような忍者になれるかもしれない。
黒の装束を身に纏い、夜風を切り忍術を駆使する自分の姿を想像してきり丸は悦に入った。格好いい。

「まー、初音姉ちゃんがやれって言うんなら、忍者やってやってもいいけど?」
「忍者はやるとかやらないとかじゃないんだ。阿呆。言っておくが、忍者になっても姿を消すことは出来ないからな」
「えー?!」
「やっぱりそういうのを考えてたか……」
「何を言うか。お主もきり丸くらいのときは鳥に変化するのだとか張り切っていたくせに」
「余計なことを申されるな!昔のことを……」

一瞬で真っ赤に染まった初音の顔。どうやら赤面症の気があるようだ。ああ顔が火照って仕様が無いと、初音は手扇で顔をぱたぱた扇いだ。

「蛸みたい」

言わなければいいものを、余計な一言が口をついて出たため、きり丸は初音の容赦ないデコピンを受けた。額のど真ん中が真っ赤に痕付く。痛みに悶絶するきり丸を見下しながら、初音は早口に言った。

「しかし、学費は別に掛かるからそのことは覚えておくように!育ててやりたいのは山々だが、お前のような子供は自分で稼ぐということも早いうちに覚えておいたほうが良いとの仰せだ。忍術は幻術ではない、学費は自分で稼ぐ!この二つを頭に叩き込んで、その上でよく考えることだ。私はこれを伝えるように言付かってきた。 わかったか?」
「よーっくわかりました……」

額を押さえて、座布団の上に丸まりながらきり丸は力なく返事をした。



080315





prev | next


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -