きり丸連載 2
2013/03/21 22:34


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「寒い……寒い……俺死ぬかもしれない……ううっ」
「バカタレ!修行が足りんのじゃ!ほれもっと気合を入れて擦らんか!」
「ひぃぃぃぃ……」

何が悲しくて雪の降る朝っぱらから乾布摩擦なんてしなくちゃならんのだ!!
きり丸は隣でガチガチに震える少年と視線を合せた。凛太郎という少年の背中は真っ赤に染まっていて、きっと俺の背中もああなんだろうなとどこか他人事のようにきり丸は思った。ひゅうと風が吹くたびに雪が勢いよく横飛びになり、いたるところを刺すようにしてくる。こんな中平静を装って無表情にひたすら背中を擦っている お弟子たちには感服する。つるりと剃り上げた頭に積もった雪が、威勢のよいくしゃみで滑り落ちた。

寺に来て一月も経ったのだろうか。女に連れられて来た寺はこぢんまりとしているところだったが、人の好い和尚と、同じように何らかの理由で親を失った子供たち、そして面倒見のよい弟子たちが優しく受け入れてくれたお陰でなんとか上手くやっている。寺での生活にも慣れたが、いかんせん和尚の熱血なのはいただけない。 普段なら朝は本堂の拭き掃除を世話になっている皆で行い、その間に弟子達は朝食を作っているのであとでそれを食べる。そして空いている時間に手習いをしたり、たまに和尚に頼まれたお使いにいくくらいの気楽な暮らしが常なのだが、たまに和尚が燃え出すのだ。今回もそのパターンである。
日も出ていないような早朝に起こされ、何事かと思えば乾布摩擦をするから庭に出ろとは横暴だ。しかも乾布摩擦をするのは子供や弟子ばかりで、和尚はしっかり暖かい格好をして渇を飛ばすばかり。

きり丸は鼻を啜った。
不意にさくさくと雪を踏みしめる足音が小さく響いて、きり丸はくるりと首を回して石階段のほうを向いた。しばらく見つめてみるが、人の上がってくる気配はない。

「こりゃ!余所見するでない!!」
「あだっ!」

和尚の渇と一緒に雪玉が飛んできた。頭に当たって砕け散る。

「いってぇー!何すんだよ!」
「待て待て!雪玉を投げたのはわしじゃないぞ」
「嘘つけこのタコ野郎」

きり丸は乾布摩擦の手を止めて、仕返し用の雪玉をこれでもかと硬く握った。逃げる和尚に詰め寄り、投げつけようと腕を振り上げたところで、「投げたのは私だよ」と頭の上から声が降ってきた。顔を上げると、本堂の屋根の上に見覚えのある女が一人。

「初音姉ちゃん!!」

子供たちがいっせいに嬉しそうな声をあげ、わっと屋根下に駆け寄った。

「あの姉ちゃん、初音って名前なの?」きり丸は目を輝かせる凛太郎の腕を引っ張り、聞いた。
「なんだ、きり丸知らなかったの?初音姉ちゃんの名前」
「うん」

さも知ってて当然のような口調で言われて、きり丸は少しむっとして返事をした。

「前、聞いたらはぐらかされた」
「大人って都合が悪いとすぐはぐらかすんだよな〜」
「な〜」

二人は顔を見合わせたが初音に睨まれたような気がして肩をすくませた。
和尚がさらに羽織を羽織って、転ばぬよう杖をつきながら外に出てきてを見てあきれたような声を出す。

「お主、なんちゅー所に上って……罰当たりな。どうせなら雪下ろしでもせんか」
「まさか。和尚がなされ。全く、こんな寒い中乾布摩擦だなんて子供たちが可哀相だ」
「近頃の若いモンは根性がないからな、鍛えてやってるんじゃ」
「これじゃあまるで、折檻だ」
「む、折檻とな……」

初音のほうがクチが達者らしく、折檻という言葉に反応した和尚は深く溜息をついて子供たちを解散させた。しかし子供たちは着物を着ただけで屋根の下に群がったまま戻ろうとしない。にこにことしながら初音は屋根から飛び降りてきた。雪がさくりと音を立てる。背にまわしていた包みを下ろすと中身を子供たちに渡していく。
包みの中身は立派に育った薩摩芋で、子供たちはきゃっきゃしながらやれそっちがでかいこっちは小さいと大騒ぎだ。

「学園で秋に収穫したのが大分余っていたから、もらって来た。とても甘くて美味しかったからね、子供だましに」
「ほう。これまた立派な。学園長殿は元気かな?」
「まだまだ死にそうにない」
「またお主はそんな口をききよって……もっと女らしくしたらどうだ」
「和尚が知らないだけで、初音は女らしゅうございます。今年で十五、もうそろそろ嫁に行こうかと思っております故。昨夜もここに来るまで、沢山の殿方に追いかけられたのですよ」
「…………山賊か?」

一瞬の間をおいて和尚がそういうと、わざとらしくなよなよとしていた初音はぷっと吹き出した。

「よくお分かりで。全く、女だとみればすぐああだ。相手の力量も読めんような奴らは簀巻きにしてやった」
「だろうなぁ。お主を追いかけるような男は、お主にこっぴどくやられた奴か山賊くらいしかおらんだろう」

ごもっともで。
初音は笑いすぎて浮かんできた涙を拭いながら包みを小さく畳んだ。

「さてと……きり丸。和尚と三人で話したいことがあるからおいで」
「えーっ!!オレぇ?まだ芋、焼けてねーよ」
「喰ってからでいいから」

呆れたように笑う初音はいつの間にやら草履を脱いで、和尚の当たっていた火鉢の前に座っていた。


070328





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