きり丸連載 1
2013/03/21 22:33


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丘に登って見れば、村はひたすら赤一面だった。
今は冬で、朝から寒々とした雪が積もっていたのにすっかり溶けきっている。そこには肌を刺すような空気のかわりに、肌を焦がすような嫌な熱気が立ち込めていた。戦の貰い火に乗じた野盗の仕業だ。
轟々とした何ともわからぬ音。天に届きそうなほど燃え盛る家々。泣き叫ぶ子供に、辱めを受けた娘達の死骸。

――きり丸は崩れかけた我が家に戻った。そこには父が、母が身動きひとつとらないで眠っていた。死に物狂いで暴れる大男たちの間をかい潜り、やっとの思いで家の中に入った。入った途端充満した肉の焼ける臭いにきり丸は吐き気を覚え、その場に膝を折った。視界の端に父母の焼け爛れた足が見えて、思わず吐いた。吐いたが 、朝から何も食べず逃げ回っていたので胃液しか出ない。
あれが人間なのだろうか。果たして俺もこのままああなってしまうのだろうか。じりじりと肌が、髪が、全てが焦げるのがわかった。

きり丸は口元を拭い立ち上がると父母の元へ駆け寄り、辛うじて残った髪を一房切り取って首に巻いていたてぬぐいに大切に包むと踵を返した。しかし、体が硬直した。先ほど入口として使った穴のところに人が立っていたのだ。
赤い火を受けて妖しく光る刀を片手に、顔を頭巾で覆い隠したのは女であった。野盗には女もいたのか。
きり丸は父母を胸に抱き、きつく目を閉じ最期の瞬間を待った。女は躊躇いもなくあの刀で俺の首を落とすだろう。しかし、刀の代わりに声が掛けられた。

「ここはお前の家か?」

意外な言葉にきり丸はそっと目を開け、女をまじまじと見た。眼光こそ鋭いが、野盗とは違う凄みを持つ黒い目がこちらを見ていた。

「お前の家か?」

同じ質問をした女の声は柔らかくなった。きり丸の表情を見て、己の配慮の無さに気付いたのだろう。
きり丸は頷いて答えた。

「俺と、父ちゃんに母ちゃんと、兄ちゃん……」
「そこにおられるのが父御と母御か?兄上はどこに?」
「……」

きり丸は首を横にふり、溢れそうな涙を堪えた。悲しみの為の涙か、煙が目に染みるのかは本人以外にわからない。
女は刀を仕舞い、頭巾を外してきり丸の方へ寄った。びくりと肩を震わせ腰の引けたきり丸を捕まえ、その頭巾を短く切り裂いて口と鼻を覆い隠して上を向かせた。

「父御たちと心中するか、私と逃げて生きるか選べ。時間はない」
「…………俺は、」

俺は逃げ延びるつもりで踵を返した。しかし、行くあてなどない。町にでても金だってない。飢えて惨めに野垂れ死にするくらいならここで死んだほうがまだ幸せかもしれない。
きり丸はまた下を向いて唇を強く噛んだ。
女は静かにきり丸を見下ろしていたが、はっとしてきり丸を抱き抱えると燃える壁を蹴り倒し外へ飛び出した。声も出せず、きり丸は女から振り落とされないようしがみついて自分の正面を見た。先ほどまで形を留めていた家は脆く崩れ去り、もしあの場に留まっていたらと考えてぞっとした。
女は走る速度を次第に速めながら言った。

「すまないが、お前と心中はごめんだ。それに、子供が死に急ぐ必要もない。向山まで逃げるぞ」

女はきり丸が小さく頷いたのを確認して、赤い村から走り去った。
きり丸は涙を堪え、村が見えなくなってもその方向を見つめていた。

「お前、名前は?」

一刻も走っただろうか。おもむろに速度を緩めた女はきり丸を地面に下ろした。煤けた額には大粒の汗が浮かび、女は頭巾でそれを拭う。竹筒を出し、水を飲むときり丸にも差し出したが受け取らなかった。
先ほどは炎に包まれ気付かなかったが、女の髪色は強い赤みが掛かった色をしていた。異人とやらの血でも混ざっているのだろうか、きり丸は自分の髪色と見比べた。

「俺、きり丸」
「そうか」
「……姉ちゃんは?」
「私のことはいいさ。それより、今はお前のことだよ」

小さな笛がか細い音を立てて山に響いた。途切れることなく響いて、鳴り止むころには後ろの茂みから男が現れた。女と同じ格好をしている。これが忍か。きり丸はかつて村で見た忍装束の男を思い出した。男は暗闇と同化して追っ手から逃げていた。無事に逃げられたのだろうか。
おい、と声を掛けられるときり丸は肩を震わせた。

「親戚はいるか?いるならそこまで送ってやろう」

女は男から風呂敷包みを受け取りながら言った。親戚なんていない。皆死んでしまった。そう告げると困ったような顔をして、女は口を開く。

「ならば仕方あるまい。寺にでも行くしかないな。なに、不安なことはない。私も一時期世話になった。お前と同じで、村を焼かれた時な」
「姉ちゃんも?」
「そうさ。だから、お前の村が襲撃にあったと聞いてすっ飛んで来た。……あんな辛い目に遭う子供が一人でも救えればと思ってね。だから、お前を助けられてよかった」

笑おうとして失敗したのか、泣くのを堪えようとして成功したのか、女は実に不思議な顔を見せた。

「これに着替えな。その格好では目立つからね」

子供用の小袖を風呂敷包みからだして、女は自分の着物も脱ぎだした。慌ててきり丸は後ろを向いた。女は笑ってきり丸に小袖を投げ付ける。

「一人前に恥ずかしいのか」
「……母ちゃんが若い娘さんの着替えは見るもんじゃないって言ってた」
「いい母御だな。しかし、悪いが薬を塗ってくれないか。腕が痛くて背中まで届かん」

いつの間にか背後に立っていた女は軟膏の入った革袋をきり丸の前に掲げて見せた。きり丸はじっと革袋を見つめて手にとると、くるりと振り返った。そして女の背中を見てひっと息を呑んだ。右肩から背中の直中あたりまで酷い火傷で赤く爛れていたのだ。肌があまりにも真白かったので余計に痛々しい。
家の中でみた父母の姿を思い出してごくりと唾を飲み込む。震えそうになる手を叱咤して、軟膏を手にとり背中へと塗った。薬が触れた一瞬、女は肩を小さく震わせた。当然だ。痛まぬ訳がない。

「俺を助けにきたから?」
「お前はそう思うのか」
「だって、」
「私が勝手にヘマをしたのさ。お前のせいじゃない――あ、痛」

染みるなァと女は赤い舌を出した。あらかた軟膏を塗り終えると女は包帯も巻かずに小袖を羽織り、端のない珍しい帯を締めて立ち上がった。薬でべたつくきり丸の手を水で丁寧に流して拭いてから、自分で出来るというのも聞かず焼けた小袖をさっさと脱がせると地面に落ちていた新しい小袖を手際よく着せてやった。

「もし、お前が責任を感じるなら父御らの後を追うようなことだけはするんじゃないよ。何のために火の中に飛び込んだかわからなくなるからね。最初は辛いさ。私だって死のうかと思った。けど、生きていれば楽しいことがあるんだから、私は生きててよかったと思っているよ」

きり丸は手を引かれ、すっかり暗くなった山道を歩きながら女の話を聞いていた。忍装束を脱いで町娘の恰好をした女からは、さっきまでのような刺々しさは感じなかった。それどころか表情も柔和になり娘らしいしとやかな雰囲気を出している。きり丸は戸惑った。そんなきり丸を見て女はにやりと笑うと彼を肩に担ぎ上げた。

「私だって本当は女らしいんだ。しかし、忍をする上で女らしさなんて邪魔なだけだ」
「……どっちが本当の姉ちゃん?」
「さあな……。寺まで走るぞ。もう暗い」

今の私は忍だ。
一言言って、女は地面を蹴るといきなり獣道を走り出した。きり丸の奇妙な叫び声が闇にこだました。



061105





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