朱に交われど 二
2012/08/12 12:38

三郎と雷蔵が食堂で朝食をとっているころ、ふたりの話題にあがった出雲はなんと学園長の庵にいた。
学園長とふたり向かい合い、それぞれ前に湯呑を置いて朗らかに談笑している。

出雲はやはり美しく育っていた。

幼いころの美貌を思えばそれも当然だが、まるで南蛮の国の人間のようにすっと高く通った鼻筋や、そこからつづくさくらの花弁のようにかれんなくちびる。
きらきらと黒く輝く瞳と細頸をかしげるたびにふさふさと揺れる黒髪のすべてがまさに処女(おとめ)としての美を凝縮したようだ。

三郎の変姿の術と瓜二つのようでそうでない。
三郎の姿はすでに男を知りつくしたような艶めかしさを併せ持っていた。

しかし出雲はまだ男を知らなかった。
彼女はまだ花開く手前、朝露に濡れた朝顔のつぼみのような純然たる輝きに満ち溢れている。
咲けば何色の花になるか、実に楽しみなつぼみである。


「そういえば……鉢屋三郎と不破雷蔵はまだいるのですか?」


まだ、と前置いたのは学年が上がるにつれて途中退学や事故で命を落とすものが多くいることを知っているからだ。

もしかするとあのふたりのうちどちらか、或いは両方がいなくなっているかもしれないと思ったが、学園長はふぉ、ふぉ、ふぉ、と笑い、


「どちらも元気じゃ」


と、言った。
出雲は、


「まあ」


と、その喜色満面の声で歌うように、


「久しぶりに会いたいものです。学園長先生、いま、ふたりはどこに?」
「ふむ、朝食でもとっておるかの。どれ、山本先生にでも呼びに行かせようかの。おおい、山本先生」


学園長は障子戸の向こうに待機させておいた山本に声をかけた。
若々しい声が「承知しました」とだけ返事をしてすぐに消える。

出雲はとおい昔を懐かしむような瞳で声の消えた障子戸を見つめ、学園長を振り返った。

莞爾とした愛くるしいその顔は、なにやら企んでいるような気配を漂わせている。


「あのふたり、さぞ驚くでしょうね」
「そうじゃな。うむ、さぞ驚くだろうな」
「ふふっ、ふたりとも、格好よくなっているのかしら」


またもあの特徴的なふぉ、ふぉ、ふぉ、という高らかな笑い声が辺りに響いた。

果たしてふたりのいう「驚く」とは、単純に四年越しの再会を指すのか、それ以外の何かを指すのか、今はこのふたりにしかわからない。



「失礼します」


五分ほどしてからだろうか。
山本の声がして、障子戸がからりと開いた。

そこにはさんさんとした光を背負っている三人の姿があった。
逆光で表情が読みにくいが、そのうち二つ、元の姿に戻った三郎と雷蔵が驚きの声をあげた。


「出雲!」
「出雲ちゃん!」


ふたりは学園長の前であることをすっかり忘れ、勢いよく部屋に上がり込んできた。
目をまんまると見開いて、出雲の前に腰をおろしてまじまじとその顔を眺めた。

そして、己の心臓が早鐘を打ち出したのを自覚した。

それはここに出雲がいたから驚いた、という単純な理由ではない。
まるで、ずっとむかしに置き去りにしていた幼い恋心に再び炎が宿ったような胸の高鳴りであった。

それほどまでに出雲は魅力的な少女に成長していた。

子どもと大人の間に危うく揺れるつぼみは、そのどちらでもないがゆえに皆のまなざしを一身に受けるのだ。
たとえ四年の月日が流れていようとも、彼女を知る者がこの愛くるしい顔を見て何も感じないわけがない。

唖然として二の句を継げないでいるふたりをよそに、出雲はにこりと微笑み、


「三郎ちゃん、雷蔵ちゃん、久しぶり。ねえ、約束、覚えていてくれた?」


と、どこか試すような表情で訊ねた。


「もちろん! 出雲ちゃんのこと、忘れるわけないよ」


嬉しそうに即答したのは雷蔵の方だった。

三郎は今朝の夢のこともあってか、一瞬返答に詰まってしまった。
しかし、そこは平静を装う。


「お前こそ、よくもまぁ四年も前の約束果たしに来たもんだな」


三郎は姿勢よく座っている出雲の横に置かれた風呂敷包みに視線をやりながら言った。

牡丹色の鮮やかな風呂敷にはいちめんに丸と井桁模様が描かれていた。


色こそ違えど、三郎もつい先日その風呂敷包みを受け取っていたのだ。

学年が上がるたびにその学年の色をした風呂敷包みを受け取るようになっていて、中身は新しい制服と、忍たまの友、そのほか消耗品である。

そしてそこに描かれた丸と井桁は、「初心忘るべからず」の意味を持ち、学年が上がり己の技量も上がろうと、決して驕り高ぶることのないようにと諭しているのだ。

出雲がこの風呂敷包みを持っているということは、


「ふふっ、ここに入るまで四年もかかっちゃったわ」
「お前たちふたり、出雲とたしか仲が良かったのう。いくら出雲が甲賀卍谷の優れた忍であろうと、この学園のことについては今日入学してきた一年生と同じように何も知らん。何かと面倒を見てやってはくれぬかの」


やはり、この学園に入学するということだった。正しくは編入か。
学園長のいうように、甲賀卍谷の優秀な忍である出雲が一年生として入学するとはいささか滑稽である。


「それはもちろんです。まさか、四年も経ってこうやって再会できるとは思ってもみませんでした」
「しかし学園長。出雲は女です。もちろん私も彼女の面倒をみることは構いませんが、同じくのいちの五年生に頼んだ方がよいのでは? 我々が頻繁にくのいち長屋へ行くわけにもいきませんし、その逆も然りです」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ! 鉢屋三郎よ。お主、出雲を馬鹿にしとるのか?」
「はぁ」


上機嫌の学園長に対し、三郎はその発言の意図が汲めずになんとも不明瞭な態度で返事をした。

意味が汲めずにいるのは雷蔵も一緒のようで、高笑いする学園長とその向かい側でにこにこするだけの出雲の顔を見て、ふたりは顔を見合わせた。鏡にうつしたような顔は、どちらも怪訝そうである。

それまで黙って成り行きを見守っていた山本は、「そのことなんだけれど、」と口を開く。
しかし、出雲が、


「お待ちになってください、シナ先生。わたしのくちから言わせてくださいな」


と、遮った。


「あのね、三郎ちゃん、雷蔵ちゃん。わたし、次の週からあなたたちふたりと同じ五年ろ組で学ぶことになってるの」


そういう出雲はあの幼き日の天真爛漫とした笑顔を浮かべていた。



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